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Episode 1

家族

あれから1年が経った。
その間に何があったかというと……惑星タイフォンにてIMC対ミリシアのアークを巡る壮絶な戦いがあった。惑星ごとぶっ飛ぶとかいう大きな損害を負ったし、俺たちの周りのチームも多数の負傷者が出たりしたがそのお陰で早めに撤退が済んでおり、惑星爆発の衝撃をモロに受けることは無かった。不幸中の幸いってやつだな。
傭兵がする仕事は契約内容にあるまで…その考えは最もだが、その信念を曲げなかったブリスクのおかげでARES師団との仲は少し拗れてしまった。……少し?だいぶ。
そんなこんなで色々あって小さい仕事もちょっと重要な仕事もこなしつつ人員的な損害は負ったがエイペックスプレデターズはいつも通り。依頼があれば金を積んでくれる方につく。たとえそれが人道を外れていようとも。
「……珍しく静かだと思えば、大人しく宇宙(そら)なんか眺めてどうした」
ぼーっと外を眺めていると背後から声を掛けられる。振り返れば完全にインドアモードでインテリチックなべっ甲柄のメガネをかけたエドが立っていた。
「別に……。特に意味なんてないけど」
再び外に視線を戻すとエドは歩いてきて隣に立つ。
「そういえば聞いたか?…いや、どうせ聞いててもお前の事だから頭に入ってないか……。アシェル遂にうちのチームに新しい奴を入れるつもりらしいぞ」
今なんかディスられなかった?
「は?今までアシェルの知り合いから適当な奴が臨時で入ってたけど、固定になるってこと?」
「そういう事だな。良かったな。お前の好きな可愛くて若い女の子らしいぞ。21歳とか言ってたな」
「21!?」
思わず声が裏返る。今までうちでいちばん若いといえば25歳のサクラだったがお淑やかで顔立ちも大人っぽかったためいい意味で歳相応には見えなかった。
「先に釘を刺しておくが手は出すなよ。まあ前に女性にちょっかいかけて半分本気のビンタを食らったことのあるお前ならやらないと思うが」
「わーってるよ……いつの話してんだ」
そう返しつつ言葉とは裏腹に少し声は上擦るのだった。

なんて喜んでたのも束の間。
「せんぱぁい、さすがにそれはザ・コ・す・ぎ♡じゃないですかぁ?」
俺の左腕を机に押付けたまま色白の肌に良く似合うブロンドのカール髪を揺らしながら見下げる女。
「テディせんぱいのその左腕って、ヴィンソン製の義手の上に利き手なんですよね?腕相撲弱すぎじゃないですかぁ?」
作った甘い声で散ッッ々煽られる。クッソ……こいつ……生意気メスガキじゃねぇか!!!!!!!!!!!!
「と言っても、せんぱいのお父さんがデメテルの戦いにおいて優秀なパイロットだったからいわゆるコネ♡でここまでスルーしてきてるのは聞いたんですけどぉ、さすがに筋肉量まで11も歳下の女の子に負けてちゃダメですよぉ」
いまだ俺の左腕を机に押し付けながらふわふわの横髪をもう片方の腕で弄ぶ。この生意気クソメスガキはリーリヤ・メレフ。名前から察する通りロシア人だ。こいつがさっき言ってたうちの新メンバー。今まではうちには割と珍しいことに地球出身しか居なかったが、リーリヤはフロンティアのどこかの惑星出身らしい。…アシェルはどこ生まれか知らないけど。
「……そろそろやめて差し上げろ、リーリヤ」
ちょうど通り掛かって様子を見ていたらしいエドが足を止めて話しかける。すると恍惚の顔で俺を見下ろしていたリーリヤの形のいい目がまん丸になり
「エドせんぱぁい!お疲れ様です〜!別にテディせんぱいのことはいじめてませんよぉ、むしろテディせんぱいが力勝負しろって吹っ掛けて来たんです〜!」
甘い声がより一層高くなり心做しか滑舌もゆるゆるになった気がする。こいつはイケメンに弱い。恋愛興味ナシのエドにとってはこの甘ったるい声も何も響かないらしいが。
「そうか。テディもあんまりちょっかいをかけてやるなよ」
「……うるせぇ」
ようやく腕を押さえつけていたリーリヤの力が弱まったが俺は今までの不自然な体勢のまま悪態をついた。

「……って感じでさ……。俺アイツ嫌いだわ……」
「あはは、わどくんはああいうタイプ苦手かもね。私も新鮮だけど、わどくんが突っかかるからりっちゃんも返しちゃうんだよ。大人になって」
てっきり大人しいサクラも苦手なタイプだと思っていたがそういう訳でもなくまあまあ上手くやっているらしい……。俺だけかよ…と項垂れる。
「でもりっちゃんがるどくんにべったりなのが頷けないのは分かるよ?るどくんはわどくんのものなのにね?」
「それは違う」
すかさずツッコミを入れる。本当に腐女子のこいつには俺たちがどう映ってるんだ。でもあながち間違っていない。今のリーリヤみたいに……それ以上にエドのことは気に入ってなかったが、最近はあいつほど話しやすい友人はいない。愚痴も、その日あったいい事悪い事も、全部的を得た回答で返してくれるから俺がよその奴と喧嘩することも減った。リーリヤがエドのそばをうろちょろするようになってなかなか2人きりになる機会はなくなっていった。
「……わどくんとるどくんの絡みが見れなくなるのは寂しいけど、私もありすちゃんも先輩もわどくんの話は聞くよ?それに……」
サクラの表情が微かに曇る。
「……私も見え見えの媚び見てて気持ちは良くないから」
……いちばん怖いのはこいつかもしれない。
「なになに?なんの話してるの?いや聞いてたけど!」
俺がどう返そうか悩む前にアリスが会話に乱入してきた。その後ろには長い前髪をヘアピンでまとめて普段隠している右目を出した極めてラフすぎるアシェルが立っていた。
「本人のいない所で噂なんて2人とも悪趣味だね。まぁ俺とアリスも同じ話してたから人のこと言えないけどね」
どうやら2人もリーリヤの話をしていたらしい。確かに噂は良くないがここ最近また両勢力睨み合いの状態にあるフロンティアでは仕事が振られない限り話題は無いのだ。
「でも2人もあの娘のことは大目に見てあげてね…。まだ成人したばっかりの俺たちにとっては子供のようなものなんだからさ……俺なんか14も違うんだし…」
少し声の元気がなくなる。自分で言っといて気にするなよ…。
「そういえばエドは?見てないね」
アリスがきょろきょろと辺りを見回す。首を振る度に頭の後ろについたふさふさと大きなリボンが揺れる。
「またりっちゃんが過剰に構ってるんじゃないかな?」
さくらは机に肘をついて立っている2人を見上げる。机の上に綺麗な黒髪が広がり、頭頂付近には綺麗な天使の輪が出来ている。アリスと同じように辺りを見回すと肩に乗った髪が液体のように滑らかに滑り落ちる。
「あ、そうだ」
アシェルがパチンと手を鳴らす。
「エドも構われすぎると大変だろうからね。みんなでご飯を食べる機会でも作ろうと思って、リーリヤの歓迎会をしようと思うんだ。」
「いいね〜じゃあどこ行く?いつもの焼肉?」
ノリノリでアリスが賛成する。いや、そんな賛成されてもシミュラクラムだから食えないだろ……というツッコミはしないでおこう。
「おい、みんな集まって何してるんだ」
全員が声の方向を振り返るとエドが立っていた。みんな目をまん丸にして固まっている。
「あれ?リーリヤに捕まってたんじゃないの?」
何とか絞り出した質問がこれだった。
「ずっと1人だぞ……なんなら今日はリーリヤには会ってないが…」
むしろどうしてそんなことを訊くんだ?というように子首を傾げる。
「え?じゃあリーリヤどこにいんの?」
俺が尋ねてもみんな顔を見合わせるだけで知っている者は居ないようだ。
──結局その日は会わずに焼肉にしようかということだけ決め、次の日を迎えた。
ところが今日は当たり前のようにリーリヤは居て、エドにいつも通りべったりなのだった。

「……なぁお前昨日は一日中どこ行ってたわけ?」
リーリヤが1人きりになった希少な時間に俺は彼女に訊いてみることにした。いつものように煽り半分で返されるかと思ったが、そんなことは無かった。
「……実家です。母と弟と3人なんですけど、お母さん体弱いからたまに様子を見に行ってるんです。昨日はお母さんの調子があんまり良くなかったから、迷惑かけてたならすみません」
リーリヤは目を合わせないまま長くて柔らかいブロンドの髪を指先で弄ぶ。
「私は強くない。家族と暮らしていくのにお金が必要なだけ」
いつものように頭に響く甲高い声ではなく凛とした声が尻すぼみに小さくなっていく。
「本当は、パン屋さんを経営したかった。でも経営にはお金がかかる上に売れるかどうかも分からない。……情けないですよ。周りの女の子がキラキラな生活をしてる中で私は土と血で汚れて銃を握ってる……」
リーリヤの握った拳に一層力が入り、腕が震える。俯いたままの彼女の顔は柔らかいブロンドヘアがベールをかけてよく見えない。俺は近くの自販機まで歩いていき、よく商品を見ないままポチポチとボタンを押す。ガラガラと2本のボトルが自販機から吐き出されてこれまたよく見ないまま持ち上げると1本はコカコーラ、もう一本はブラックコーヒーだった。
「おら、これやるからちょっと話聞いてけよ」
リーリヤに向かってコーラのボトルを投げる。慌ててキャッチするリーリヤが顔を上げた際に髪の隙間から見えた瞳は「なんで炭酸投げるんですか」と言いたげだった。
「俺もさ、金稼ぎのために働いてんだけど」
近くにあった休憩スペースの椅子を足で引っ掛けて引く。リーリヤに顎で座れと指示すればまた目を細めて睨みながら座る。
「浮気の慰謝料返すためなんだわ」
「は?」
さっきまで重く静かな声で話していたリーリヤの声が裏返った。
「実際は親が一括で払ってさらにボンボン息子のエドに家族にちまちま返すのは大変だろーってポンと肩代わりされて、今はエドに返してんだけどさ。俺お前みたいなキツい奴は苦手だけど女が好きでさ〜、その…親不孝な俺にとってはお前みたいに家族のために働ける奴ってすげーと思うんだわ」
軽蔑の目に変わりかけていたリーリヤの目が元に戻る。
「ほんとに困ったらエドに言やポンと金は出るしサクラもアリスも二つ返事で協力してくれるから、親のこと話してみたら?もしなんかあった時はアシェルがドロップシップ運転できっから…すぐ行けるし…」
「……縁起の悪いこと言わないでくださいよ」
「あ、わり」
リーリヤがコカコーラの蓋をひねるとプシュッと子気味いい音が鳴り泡は飲み口ギリギリまで吹きかけてそのまましゅわしゅわと消えていった。
「せんぱいが投げるからですよ……。それに」
リーリヤが俺の片手に握られたままのブラックコーヒーを指さす
「せんぱい、ブラック飲めないんですかぁ?私実は飲めるんですよね、コーラは返しませんけど」
といつもより控えめな作り声ではあったが鼻で笑い、目の前でコーラをあおった。
「はぁ!?飲めんのかよ!先言えよ!」
「せんぱいの舌がガキくさいんですよ、ふふ」
笑ってさらに半分くらいまでコーラを一気にのむ。すると、リーリヤの口から小さなげっぷが漏れ彼女の顔が一気に紅潮していく。
「お前だって飲みすぎてげっぷしてんじゃねーか!」
「う、うるさいうるさーい!!」
リーリヤが俺の手からコーヒーを奪い取り蓋を開けたかと思えば飲み口を無理やり口に押し込まれた。
「あ!おい、ま○◇×△……!」
軽く抵抗するも力が強すぎる、この女…………!
あとは騒いだことと偶然通りかかったアシェルに怒られたことしか覚えてない…。

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「ていうか奢りって言ったけど君たち一応後輩でしょ?遠慮くらいしなよ」
アシェルが箸を止めて周りを一瞥する。
「「お腹すいてたから……」」「エネルギーごち〜^^」
ハモる俺とサクラとアリス(アリスは何やら謎のシミュラクラム専用のジュースみたいななにかだが)。
「ヤキニクってしたことないから…」
庶民に一言で打撃を与えるエド。リーリヤは一口が小さく、ゆっくり噛みながらこのやり取りを黙って見ている。
「いいけどさ……あ、明日輸送護衛の仕事あるから、よろしく〜」
「は?」
飯で気分が盛り上がってる最中に仕事の話されても困るんだが。アリスは相変わらず涼しい顔(?)で謎の液体を啜って(?)いる。口というものは無いのでどちらかと言うとガソリンの注入に近いのかもしれない。
「それってでかいやつ?小さいやつ?」
油が飛ばないようにとポニーテールにしたサクラが首を傾げる。
「そんなに大きくはないよ。でも燃料積むから何かあったら大変なことになっちゃうかも」
「そういう事ね……」
納得したように焼肉を口に運ぶ。サクラは純日本人なので箸の使い方がうまい。俺は自分の目の前の机の飛び散ったタレを黙って拭った。
「……楽しそうですね」
ふと俺とエドの間の席に挟まれたリーリヤがぽつりと呟く。
「あ、あぁ、ごめんね。いつものノリで……リーリヤが主役の食事なのに……」
アシェルが慌てて向き直ろうとするのを止めるようにリーリヤは続ける。
「ううん。私すっごい楽しい。いつも母さんと弟の3人でしかご飯食べたこと無かったけど……、弟は今ちょうど反抗期みたいな感じで全然喋らないから……。いつも無理して喋ろうとしてたけど、気を使わないからご飯が美味しい……」
「……お前エドの隣だから猫被ってる?」
コソッと耳打ちすると肘で突かれた。
「ちがいます。純粋に楽しいんです。……確かにエドせんぱいはかっこいいから話してて目の保養も出来ますけど、テディせんぱいと話すのも楽しいですよ」
リーリヤは前を向いたまま小声で返す。小声でのやり取りだから前を向いただけなのではなく小っ恥ずかしいからこちらを見ないのだとテーブルの下でぎゅっと握った拳で察してしまい、何故かこちらも恥ずかしくなる。
「そう?それならいいんだけど。あ、でも予算までは好きに食べても奢るけど、オーバーしたら明日の仕事から出るお金から引くからね」
サラッと投下されたアシェルの爆弾発言に一瞬皆の手が止まる。自分たちの目の前に並んだ空の皿やジョッキの数を心の中で数える。あ、まだ大丈夫だった……。

今回の仕事はまだ開拓が進んでいない星へ一部の富豪層が事業拡大のために引っ越すらしい。実は少しくらいは開拓が進んでいるらしいが、原住民の抵抗が激しく、軍の力を挟まないと鎮圧できないらしい。ついでにそいつらを退かせ……という事らしい。相変わらず汚い仕事は金が儲かる。
「さて、これが最後だ」
いかにも高価そうな指輪を着けられる数だけふんだんに着けた初老の男からアシェルは荷物を受け取る。
「まったく……ワシらは何もせんでええと思っとったのに、荷物を運ぶ手伝いをさせられるとは思わんかった」
「あはは…まぁ、大切なものを俺たちに全て任せるというのも不安でしょう」
アシェルが荷物を詰め込む。ほとんど輸送船にも積んでいるはずなのになぜ乗用の艦にも物が溢れるのか……。
「ふむ……まぁそれもそうだな。しかしお前たち傭兵は血腥くて高い家具たちに臭いがつきそうだ」
はは……とアシェルは苦笑いで返す。さすがのアシェルも言われ放題でキレそうなオーラを醸し出している。ちなみに俺とリーリヤは既にブチ切れたので荷物の詰め込み作業からは外された。
「…俺たちはまだしもよくエドが耐えられるよな?あいつの親社長だから、下手したらこいつらオヤジの方が下の身分だろ」
「ホントですよね。私は…間違った事は言われてないけど相手の言う通り貧乏だからマジでキレちゃった」
「俺が何か?」
ちょうど話をしているところにエドが割り込んできた。こちらも作業が終わったようだった。
「お、おつかれ……いや、下手したらお前ん家より金持ってないだろう奴らに見下されて嫌じゃないのかなって」
少しエドは考える素振りをして
「そんなに気にならないな。兄さんたちに散々言われてたし…」
「そういえばお前末っ子でやる事ないんだったな」
エドがアシェルの様子を横目でちらりと見ながら頭を掻く。
「兄さんは次期社長、姉さんは政略結婚で協力関係の大企業の社長夫人。…俺は割と好きにしていいと言われてたから、うちのセキュリティガードになった」
「……なんでわざわざ身の危険がある仕事に?」
リーリヤが質問を投げかける。
「昔から銃をいじるのが好きなんだ。小さい頃から護身に、と射撃場にはたまに行ってたんだがな。思ったより仕組みとか構造にハマって。……リーリヤはショックか?俺とくっつけば金に困らないと思っていたか?」
皮肉を超えてドストレートなな質問だが、普段より抑揚が大袈裟で本気でエドはリーリヤを邪険にしている訳では無いということは分かる。
「いや、エドせんぱいには純粋に惹かれます。……でも私が奪っちゃうとテディせんぱいの子守りは誰がするんですかって感じですよね」
リーリヤに顔を覗き込まれウィンクされる。普段なら限りなく美人で若い女性にウィンクされたら見蕩れるどころじゃ済まない俺もさすがにこいつは殴りたくなった。リーリヤから目を逸らすように周囲を見るとあと一つで荷物の積み込みは終わるようだった。
「これで最後ですね。出発まで艦の点検をします。それまではゆっくりお休み……」
言い終わる前に初老の男は無言でアシェルの方にぶつかって去っていく(無論パイロットの方が体幹がしっかりしているので結果ぶつかってよろめいたのは向こうだが)。
「……なんで傭兵ってこうなのかな?」
「傭兵でなくても同じだ。ああいうのは……よく見てきた。何の薬を用いても、治らない」
エドは溜息を吐いた。

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程なくして点検も終わり、問題なしとして件の星の上空に着いた。この星は天気よし気温よしだが、欠点として自転と公転のバランスが悪く、毎日昼夜のバランスが狂うらしい。昼が少ししか無ければ夜がとても長いと言った感じに。どうやら周囲の星の引力が関係しているらしく、自転の速度が天体の位置によっても変化するらしい。俺だったら絶対こんないつ軌道から外れてすっ飛んでいくか分からない所には住みたくない。
アシェルが乗務員用の席に運転席から身を乗り出して少し大きな声で富豪たちの会話を切る。
「もうすぐで着きます。着陸の際大気の影響を少なからず受けます。シートベルトを着用してください」
声をかけるも一部は振り向きもせず子供をおもちゃで遊ばせている。
「お願いしますよ」
もう一度だけ声をかけ、再び操縦の体制に戻る(自動運転なので操縦の必要はないが)。そして富豪層の奴らが乗務員用の席にいるということは、俺たちはコックピットですし詰めになって床に座っているのだ。
「むち打ちになって文句言うぞあれ」
ぼそりと悪態を着くとリーリヤとサクラがうんうんと頷いた。
「じゃあみんなもある程度の衝撃に備えて──」
瞬間、アシェルが言い終わる前に機体が大きく揺れる。俺はとっさの揺れに対応できず壁に強く後頭部を打つ。しかし一瞬火花が散った視界の隅になんの支えもなく転がりそうなリーリヤが見えたので咄嗟に腕を掴んで引き寄せる。鼻先を石鹸のような女性らしい匂いが掠めた。
「バレてる!迎撃された。昨日IMCが星の偵察のために大量のドローンを飛ばしたから警戒されてたんだ。お偉いさん方は……」
「む、むり!機体が平行を保てない、私たちじゃ助けにいけないよ……!」
片側を大きく破損したせいで期待のバランスが取り戻せず、ぐるぐると回転して落下し続ける。サクラも長い髪が振り乱れ、何かにしがみついているのがやっとのようだ。
後ろの方から悲鳴が聞こえる。きっと富豪たちの声だ。子供が親を呼ぶ声、逆に親が子供を呼ぶ声が入り交じる。
「墜落する!」
アシェルが叫んですぐ、酷い轟音と共に骨まで響くような強い衝撃が俺たちを襲った。

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右手を握ったり広げたりする。何とか助かったし、四肢も無事らしい。左手の義手も故障していないようだった。俺たちの艦はちょうど湖に墜落したらしく、よく見知った顔たちは全員無事なようだった。俺たちが外に出ると富豪たちも呻きを上げながら割れた窓から這いずり出てくる。が、出てきた人数は最初に確認した人数より5人ほど減っていた。
「おい…俺の妻と子供は!!クソ!お前が撃ち落とされたりなんかするから……!」
小太りの男性がアシェルに掴みかかる。かかろうとした。しかし次の瞬間男は地面に倒れていた。顔を押さえて、鼻血を流しながら。
「いい加減にしろ。忠告を聞かなかったのはお前たちだ」
アシェルと男の間にはエドが立っていた。その右腕を血管が浮き出るまで握り締めて。
「……テメェ!誰に手上げたか分かっ──」
次の瞬間、男は撃たれた。エドより後ろ、さらにさらにその後ろ。……崖の上から。
「……!現住者が嗅ぎつけてきた、はやく、はやく逃げろ!」
アシェルが叫ぶ。崖の上に立っているのは人の群れ。タイタンは見受けられない。ミリシアから物資の供給を受けてはいないが、IMCを敵視している山賊だろう。
アシェルの怒号を聞き逃げ惑う富豪たちに山賊は再び銃口を向ける。
「リーリヤ!」
「言われなくても!」
リーリヤがすぐさまフリスビーのような機械を投げる。地面に接触後、粒子の壁が飛び出す。弾丸は壁の粒子にめり込み…形を取り戻そうとした壁に弾かれそのまま地面へポトリと落ちる。
「ナイスリーリヤ。逃げ遅れた依頼人がいたら迷わず展開。頼んだよ」
「任せてください、せんぱい」
「仕事の邪魔はさせないよ。何があってもクライアントが第一。相手が誰だろうが、手段は選ばないこと」

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ふと違和感を感じた。山賊だけかと思ったら農具で襲いかかってくる男や、ましてや女までいる。
「こいつら……もしかして侵略されるくらいならって集落全員で襲いかかってきてる?」
俺は背後から農具を振りかぶってきた男を背負い投げながら声を荒らげる。
「もしかしたらそうかもね!」
サクラが刀を振り回しながら答える。コイツパイロットのくせに長物持ち込んでて狡いよなぁ…。まぁ普段は邪魔そうにしてるけど。
なんと言っても普段からスナイパーライフルを担いでいるエドがキツそうだ。そんなエドを俺たち同期がカバーする中、視界の隅にリーリヤの方に駆けていくアシェルの姿が見えた。無線を通して僅かに会話が聞こえる。
「リーリヤ、大変。リーリヤのお母さんが倒れたって。もう少し先の開けた所に帰りの艦を呼んだから行ってきて」
「お母さんが……!?でも、でも先輩達を残しては……」
「鎮圧に時間かかりそうだけど、戦い慣れしてない奴らばっかりだから気にしないで。気丈に振舞ってその場を凌いでも、大切な人を失ったら一生引き摺るよ。行ってきて」
アシェルがリーリヤの背中を押す。
「…………」
アシェルは過去の自分に重ねて言っているのであろう。俺が、リンダを殺したも変わらないんだから。
自然と心臓が早鐘を打っていくような気がした。連動するかのように呼吸も浅く──
「わどくん、余計なこと考えちゃダメ」
急に耳元で囁かれる。
「ッッわ!?」
「わどくんは何も悪くないよ。さあ行こう。相手は数で勝てなくて逃げ腰になってきた」
クローク状態を解除して俺の隣に現れたサクラに手を引かれる。すると突如、背後で爆発が起こる。こちらは少し爆風を受けた程度で、崩れそうになった体勢をジャンプキットで立て直す。
「アシェル!」
エドが駆け出す。どうやら俺たちの墜落した艦が引火して爆発したらしい。燃料が漏れ出していたのか、湖の周辺が炎に包まれる。アシェルはその爆風を一番近くで受けた事によって近くの木にぶつかったらしい。機体の破片やらが飛散して当たったらしく、アシェルのヘルメットには大きな亀裂が入って前髪の奥の目が覗いていた。
「っ……大丈夫…だけど、多分破片が目に入った。木にぶつかったせいで肋も何本かいってる……。リーリヤは?……ちゃんと行けた?」
アシェルが鳩尾を押えながら問う。辺りを見回すとこちらに戻ろうかちょうど上空まで来た艦に向かおうか迷っているリーリヤの姿が見えた。
「……行って!」
機械の声が叫ぶ。
「アシェルに代わって私が指揮を執る。アシェルは見つからないような場所で待機。私はアシェルほど視野が広くないから指示するまでは言ったこと以外しないで。エドは後方支援、テディは私と一緒に来て。さっちゃんは球数有限だから想定外の為になるべく温存してフラグの準備。いいね?」
シミュラクラムに噛むという概念は無いのだろうが、よくこんなにすらすらと早く計算できるものだ。俺以外の2人も若干驚いてはいたが頷き、アシェルも力強く頷く。
「じゃあ行くよ!GO!テディ、着いてきて!」
「わ、分かった」
アリスが木々や崖を駆使してウォールジャンプで走り回る。それを捕らえようと敵らはどんどん集まってくる。そして1人が手を伸ばしてアリスの足を掴もうとした瞬間。
「エド!」
3発の弾が敵の頭を撃ち抜く。
「テディもなるべく大勢集めてきて。弾は持ってる分しかないからね。無駄にしないで」
身軽に跳ぶアリスと目が合ったので頷く。壁ジャン苦手なんだけど……出来るんかな……。
鬼ごっこが始まる。あと少しで捕まりそうになっては……エドが撃ち抜く。エドは狙われないのかと言えば元々居場所を奪われかけて憤慨している相手は目の前を跳ぶ俺達ハエの方が煩わしいらしい。サクラも今はクロークで身を潜めている。
「テディ!私と合流して!私に捕まって!」
若干躊躇いつつも言われた通り小柄なアリスにしがみつく。シャープなデザインなのもあってか、折れてしまいそうで怖かった。
「さっちゃん!フラグいーっぱい投げちゃえ!」
「了解!」
クローク状態を解除したサクラが両手に……8個のフラグを持ってこちらに投擲する。
「テディ絶対に離れないでね!」
そうアリスが言った瞬間、なんとも言えない感覚にぎゅっと目を瞑る。一瞬で辺りが静寂に包まれた……そんなことを考えているうちに、木々のざわめきが帰ってきた。
「おいアリスせめてフェーズシフトするって言え!」
俺はアリスにしがみついたまま怒鳴りつけるが、
「でも別に従ってくれたから問題ない大丈夫でしょ?」
と一瞬で適当に宥められる。「離れてもいいよ?」と言われ言い返そうかと思ったが何しても動じないアリスの態度に毒気を抜かれた。
「ふぅ、お掃除完了だね!」
汗など出ないくせにアリスは汗を拭うような仕草をする。
「お掃除……とは程遠い有様だけどな」
ゆっくり近づいてきたエドが地面に落ちていた何かしらの内蔵を拾ってポイと投げる。サクラが思った以上にフラグを持ち込んでいたせいで……辺りの敵全員吹っ飛んで一部が焼肉になってしまった……。昨日のみんなと食べた焼肉を思い出してしまい、目を逸らす。
「3人ともめちゃくちゃいいお仕事でした!めちゃくちゃ助かっちゃった。さ、アシェルを回収して……あ、帰りはアシェルもリーリヤもいないからテディはキレないでお偉いさんの荷物下ろしてあげてね。私呼んでくるから」
…………待ってたのは今以上の地獄だった。

𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄

無事富豪らを届けて来た夜。俺たちはアシェルの部屋に集まっていた。
「あの……母、ただの風邪でした。弟が面倒見てくれるらしいから、大丈夫です……。それより…」
肩も頭も下げて縮こまりながらリーリヤは話を続ける。
「私に母のこと教えてくれたから……アシェルせんぱいは怪我を……」
最後の方はもしょもしょと息が漏れるだけのようだった。そんな様子のリーリヤの頭をアシェルが撫でる。
「大丈夫だって。俺たちみんな、リーリヤの事家族だと思ってるから。リーリヤが母親と弟を支えるように、俺たちもリーリヤの事支えたいと思ってるから。」
リーリヤが顔を上げるとアシェルは腕を下ろす。
「右眼なんて対価、小さいもんだよ。左眼さえあればまだまだ余裕でみんなの事見ていられる。さすがに破片がグッサリいってたから元に戻すのは無理だったけどね」
見る?とアシェルが長い前髪を退けようとするが、サクラが全力で「いい、いいから!」と落ち着かせる。そんな事言えば余計リーリヤが気にするのでは……と思ったが、アシェルにとって傷は男の勲章なのだろう。
「まぁ無事なだけで充分だ」
エドも口許を緩ませてその様子を見守っている。リーリヤもエドの笑顔見れば元気出すだろ……と思ったが、特にエドの方を見るでもなかった。
「なんだ、リーリヤエドにくっつくのはやめた?」
俺はこっそりリーリヤに耳打ちする。するとリーリヤは柔らかく微笑んで
「……諦めました。だってテディせんぱいはエドせんぱいに子守りしてもらわないとダメだから。それに恋ってのは片想いをしてる時が1番楽しいんですよ。…私、みんなも私も、ずっとこのままがいい。第2の家族みたい。一緒に居たいって……思える」
最初の一言に掴みかかりそうにはなったが、やがて話しているうちにリーリヤが俺の方にこてんと頭を預けて来たのでそのままにしておいてやった。
なんだ、照れ隠しとはかわいいところもある奴じゃないか。

To be Continued ▹▸

家族: テキスト

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