Episode 4
親友
大仕事を無事に終えてきた俺たちには依頼主が大手だったこともあり、まあまあな資金援助がおりた。
皆数日間は休みをとるとの事で、サクラとアリスはお互い趣味が通っていることもあってか、なんかドウジン?イベントとやらに2人で行くらしい。
そしてリーリヤはその数日間実家に帰って家族と過ごすらしく、唯一家族を持っているリーリヤに対して皆とんでもない緊急事態以外何があっても帰ってくるな家族との時間を大事にしろと念押ししてある。
アシェルはと言うと、負傷中にアリスにリーダー権を渡したのは言いものの、もう治ったし、サクラとイベントに行きたいからという理由でリーダー権をあっさり返されてしまった。なので普段やる気の起きない仕事をとにかく片付けたいらしい。
というわけで俺とエドは特にやることも無く暇なわけで、一般人を装いエンジェルシティをぶらぶら散歩している。
「たまにはこうやって目的もなくブラつくのもいいな」
エドは比較的ラフな格好で相変わらずシャツのボタンは首元までしっかり閉まっているが、裾は仕舞わず下はジーンズだ。ポケットに手を突っ込んだまま、街を見渡しながら言う。
エドはこうして暇な時に街を散策したりはしないのだろうか?特に興味がある訳でもないが、今日誘ったのも俺で、普段こいつが何をしてるのか全く知らなかった。
「そういえば話す機会が無かったんだが、どうやら俺のイオンが妬いてるらしい。……俺がお前がに構ってばっかいるから」
思わず飲み歩きしていたカフェラテを吹き出しそうになってしまった。真面目にどういうことだ。エドは至って真面目な顔をしたまま続ける。
「別に俺はお前のことを過剰に構ってる気は無かったんだが。もしかして周りにはそう見えるのか?」
「俺もお前に構われてる気はないっつの。お前のイオンによく教えとけ」
ぶっきらぼうに返し今度こそカフェラテを飲もうとすると、エドに腕を掴まれる。
「お互いその認識でよかった。じゃあ今から少し構わせてもらう」
そう言って俺の右腕の袖を捲り上げる。慌てて腕を引こうとするも、しっかり手首を握られている。
「…どうして自分を傷つける」
エドの視線は俺の右腕に巻かれた包帯に落ちていた。やっぱりあの時、サクラと別れたあとのところをエドに見られてたんだ。
「…煙草が吸えねぇからだよ!なんでお前にいちいちそんなこと気にかけられなきゃいけないんだよ。嫌な事あった時に煙草吸って肺痛めんのも腕焼くのも痕が見えるか見えないかで同じだろ!」
強制的に腕を振りほどく。エドは力強く振るった腕を避けたまま固まってしまった。
「……親父と同じ銘柄の煙草を吸いてぇんだ。でも上手く吸えねぇから……。こうすると落ち着くんだよ。ちょっと焦げ臭ぇけど、親父の匂いがする」
火傷の痕は自分が思う以上に広範囲に及んでいた。確かに事情を知らない奴が見たら心配になるかもしれない。だけど、だけど……。
俯いた俺の視界の端でエドの影が動いた。強めに振り払ってしまったので怒られると思って俺は身を縮めた。しかし、ポンと頭の上に手を置かれただけだった。
「この前言っただろう。人肌に触れると人間は安心するって。何か悩みがあったら俺が嫌ならさくらやアシェルにでも頼めばいい。アリスは機械だしリーリヤはそういうのはしないと思うが、話くらいなら聞いてくれる。……テディ、もう少し俺たちを頼ってみてくれないか」
エドはその手で俺の頭を数回ポンポンと撫でた。
「俺はお前のことを大事な親友だと思っている」
優しく低いエドの声が鼓膜を揺らし、俺はこいつにキツく当たってたつもりだったのに、鈍感すぎだろ。もしくは世間知らず故の鉄壁のメンタルか。と内心呆れながら俺は「じゃあちょっと充電」と控えめな抱擁を許した。
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『……エドアルド、最近前と比べて上の空になっている時間が増えています。"アレ"ですか』
格納庫の機械の駆動音が静かに鳴る中、エドのイオンがノーススターのコックピットからポテチの空袋やらクッキーの空き缶を放り出して掃除している俺を指さす。
(相変わらずアイツのタイタンはおれをアレ呼ばわりかよ)
後ろを振り返って睨みつけると睨み返すようにイオンのカメラアイがぎらりと反射した。別に今更始まった話ではなく、割とファーストコンタクトの頃からこんなだが、どうやら俺はあのイオンに嫌われてるらしい。もっとも、エドが俺に構いすぎて気に食わないらしいが俺はエドに俺の面倒見てくれなんて頼んでない。……そもそもタイタンに嫉妬って存在するのか……?
エドが何かしらリンクから返答したようでイオンは納得いかないように機械の関節を鳴らして黙った。俺がコックピットから出したお菓子のゴミたちを拾ってゴミ袋に詰めていると、HUDに『言われてて気にならないんですか』と表示された。こうしてHUDを通じて秘密の会話ができるのはうちのポラリスだけだ。
俺は同じルートを介し「人間じゃない癖にそういうの気になんのかよ」と返す。続けて「別に。気にならない。だってエドは実際なんでもない、ただの同期だし。変に気にしてんのは向こうだろ。お前も俺の親ヅラすんなよ」と送る。ポラリスは内部をキュルルと鳴らし考えているようだ。カメラアイの光が若干減光する。
『私は貴方の親ではありません』
「知ってるよ。でもそれほど過干渉なんだよ。お前は」
声に出して会話はしていないがポラリスのカメラアイがこちらを向く。
「ただのタイタンとパイロットなのに、お前が存在もしねぇ感情を向けてるからしつこいから、前のパイロットも1人で死ぬことを選んだんじゃねぇの?」
気にしていないつもりだったが、少し苛立ちが言葉に混じる。ポラリスのキュルルルと鳴らし続けていた音が止まった。まるで思考停止したかのように。リンクを通じて会話している様子を察したのかエドが一瞬こちらを見る。
「お前がアシストしてくれるエイムも、俺が高いところ苦手だからって優しく降りてくれるのも、全部助かってる。でも、いらないことまで気にかけてくるな。ビジネスの関係で十分だろ。その関係を越えようとするから、お前は前のパイロットのことも忘れられない。」
文字で会話するのが面倒な程熱くなってしまい、声を荒らげる。
「そんなにパイロットと仲良くしたいなら俺意外とリンクを組めばいいだろ。俺より良い奴は山ほどいるよ。じゃあな」
俺は雑に掃除したゴミを回収して固まるポラリスを残したままゴミ処理所へと向かう。
「……テディ!」
そうエドに背後から呼び止められたが、俺は無視して格納庫を後にした。
「正直、悪かったとは思ってるけど……」
その少し後、外で俺の声を聞いていたサクラとアリスに捕まった。てっきりエドも後ろから追いついてくるかと思っていたが、追いかけてきてはいないようだった。
「私は羨ましいけどな、わどくんとぽらりすちゃん」
無理やり俺を挟んでアリスと椅子に座ったサクラが呟く。「どうして」と聞き返そうとした時、俺はそういえばつい最近サクラはIMCによる襲撃で幼い頃に家族を殺されたのだと聞いたことを思い出す。
「うしさんはお父さんって感じじゃないからなぁ……。シブすぎて。友達にいたら楽しいタイプ」
『うしさん』とはサクラが乗っているローニンの名前である。名前……?ニックネームなのかともかく分からないが本機は嫌がってないからこの際気にしないでおこう。由来は多分サクラのローニンが白と黒の迷彩だからだろう。俺はどちらかと言うとゼブラっぽいと思ってたんだけど。
「じゃあお前がポラリスに乗ったら?俺もタテ(殺陣)みたいなかっこいいやつやりたいんだけど」
ローニンと言えばノーススターと同じ軽量級だが立ち回りが全くもって違う。人間目から見たら刀と言うよりデカい鈍器だが、タイタンの力で振り回されれば"切れる"というより"千切れ"てしまうわけで。足の速さもあってローニンの辻斬りに遭うパイロットも少なくない訳で。その遺体と言ったら多少見慣れた俺ですら気分が悪くなる程だ。でもそれが──カッコ良い。
「ダメだよ〜。私あんまりそういう印象がないと思うけど、ガンガンに押し詰めちゃうタイプだから、ぽらりすちゃんのこと傷つけちゃうよ。全然戦闘スタイルが違うでしょ?後方支援とかそういうの苦手だし」
しかしサクラは考えるまもなくそれを否定した。
「でもちょっと分かるけどね。相手は機械だもん。踏み込まれたくないところはあるよね。……そうだ」
サクラが俺越しに反対側に座ったアリスを見る。
「別の機体に乗ってみればわかると思うよ。どの機体でもいいとか言えないくらい──わどくんとぽらりすちゃんは仲良いはずだから」
アリスもピンと来たように頭部の後ろのポニーテール(?)をぴょんと跳ねさせる。
「あー!えっと…何だっけ……ジョナゴールドさん?」
誰だよ。ジョナゴールドって確かりんごの品種だったよな……。サクラはうしさんだのタイタンの迷彩の見た目から名前をつけることが多い。きっとこの名前もタイタンのことのはずだ。
「そう。りんご美味しいよね。わどくんいっつもお留守番してるうちのスコーチさんのことはご存知かな?」
スコーチ。スコーチと言えばうちのメンバーで誰も乗ってる奴がいない。しかしサクラはメインはローニンだがたまにスコーチに乗っている時がある。本当にごく稀に。俺も何度か話したことはあったが……ジョナゴールドって名前つけられてたのか……赤い迷彩だからな……。俺は炎みたいでかっこいいと思ってたんだけど。
「喧嘩してる時は怪我もしやすいからね。ぽらりすちゃんはどうなのか分からないけど……わどくんがぽらりすちゃんと向き合えるまでジョナさんに乗ればいいよ。きっとまたぽらりすちゃんが恋しくなるはずだから」
そうしてサクラとアリスが俺の腕を取りジョナゴールド(スコーチ)の元へ連れていこうとしたその時。ガタンと大きな物音を立てながらエドが格納庫から飛び出してきた。
やっぱり追いかけるつもりできっちり片付けしてから来たのかと思ったが、どうもそんな様子では無いようだった。はっきり言ってエドの顔は青ざめており、エドのひとことでその理由を知ることになる。
「……企業間で大きく揉めて……巻き込まれた兄さんが死んだ……」
聞いたこともないような、弱々しい声だった。
どうやら俺が格納庫を飛び出した直後に父親から連絡があったらしい。次いで久しぶりに顔を合わせて話したいらしいのだが。
「なんで俺までついてくことになってんの?」
「すまない……。よく手紙にお前のことを書くんだが、父さんが会ってみたいと言い出すようになって……毎回返事でお前のこと訊かれるんだ。それにいつまでも次男が次男がって扱いをしてきた父さんのことが微妙に苦手で……」
「そういう扱いしてくる親と1対1で話したくねぇのは分かったけど、そこまでならもう手紙に書く許可取れよ……」
しかしエドの家と言えば巨大企業IMCの足元には及ばないものの多分銃を持つものならそこそこは知っているだろう大手銃メーカーに提供している部品や替え部品の会社だ。会ってみたくない……なんてことは無かった。
だいたいこんなもんだろうという予想はあっていたが、それでも金持ちの家という感じだ。そもそも庭の大きさが違った。そもそも庭にプールが付いてる家とか地球ではたまに見かけたがフロンティアでは割と見ない方かもしれない。と言っても、エドは泳げるのだろうか。
そもそも規格外の大きさの窓から庭を見つめること数分、背後から「こんにちは。エドワード君」と声をかけられ、飛び跳ねそうになる。挨拶をされたということは俺を呼んだのだろうが、微妙な発音。まだパイロットになる前、初めてエドが俺の名前を呼んだ時を思い出す。
さすがにこんなところではと応接室に通されたのだが、逆に今いただだっ広い部屋が客を通す部屋じゃなかったのか……と金持ちの感覚に頭を抱えたくなる。
「……まずは兄さんのこと、お悔やみ申し上げます」
案内されソファに腰かけてすぐ、エドは深々と頭を下げた。俺もエドに合わせて慌ててぺこりと頭を下げる。
「……何年も会ってないとはいえそこまで他人行儀になるな」
エドの父親は笑顔を漏らすが、依然としてエドは表情を変えない。無言でゆっくり頭をあげるエドに対し、父親は言う。
「……お前に頼みがあるんだ。もうかなり昔の話になるが、経営のあれそれは教えてきただろう。……だからお前の兄の代わりに俺の会社を継いでくれないか。昔の……お前がセキュリティとして失敗した事件も……覚えてるやつなんて1人も居ない。家を追い出してすまなかった」
それでもエドは予測していたかのように全く動かず、答えの前に出たのは深いため息だった。
「悪いけど、家を出る前にも言ったはずです。俺は元々そういったものに興味がないと。兄さんには俺があなたの会社のセキュリティだった頃から散々イヌだと、スカルファロット家の恥だと罵られましたけどね」
エドが席を立ってそのまま退室しようとするのを父親は縋り付くように止める。
「頼む、もうお前にしかあてがないんだ。お前の姉さんは昔から世話になってる会社の息子んとこに嫁いでしまったし……。妹はまだ遊び呆けているし……」
社長ともあろう人が膝をついてまで頼み込んでいる。俺はもうこの際引き受けたらいいのでは……と思ったが、振り返ったエドが先に口を開く。
「父さん、……今更でも頼ってくれて嬉しいです。でも俺はもう居場所を見つけました」
そしてエドは父親の反応を待たないまま再び身を返し部屋を出る。俺はといえばこの気まずい空間に置いていかれた訳だが、父親は項垂れたまま動く気配はない。様子は気になりつつも、俺も逃げるように部屋から出た。
意外にもエドは部屋のすぐ外に立っていた。俺が出てきても何か考えているのか、腕を組んだままだ。
「……悪いな。何となくああ言われるだろうとは分かってたんだが」
エドはため息混じりに呟く。まあ……、俺もエドの実家から呼び出しと言えばこんなことだろうとは思っていた。
「……ごめんな。……父さんと1対1で話しにくかったのもその通りだが、お前がいなかったら……父さんに情が湧きそうで」
「……?」
「あれでも家族だからな。……できるなら支えてやりたい。……でも、傭兵も辞めたくない。やっとやりたい事が見つかったような気がするんだ。」
腕組みを解いて顔を上げたエドと目が合う。
「まあでもこれで良かったな。……俺には今は遊び呆けてる妹がいるが、負けず嫌いだし努力家だ。……自覚を持てば、俺よりずっと優秀だ。うちの事は大丈夫だろ」
エドは口角を上げて寂しげに笑った。こんな風に笑うのは珍しいような気がする。初めて会った時はこいつの何を考えているかわからないような表情が嫌いだった。
(そうか……、リーリヤはこいつのこういう所をしっかり見てんだな)
エドにべったりのリーリヤの様子を思い浮かべる。こいつ社長の座にも靡かないのに、恋愛に興味なんてあんのかな。
「……ん?何だ、俺の顔になにかついてるか」
眉尻が下がる。本当に肩の重い荷がおりて表情豊かになったみたいだ。
なんでもない。と返そうとしたとき、例の業務連絡用のグループチャットの通知が鳴る。
「仕事か。……ちょうどスッキリしたところでよかった。……そういえばテディ、ちゃんとポラリスと話はつけたのか」
「あ……」
すっかり忘れていた。あれ以来会ってなくて今も格納庫の中だが、あいつは何を思ってるだろうか。機械だから案外気にしてないのだろうか。
「……何も話してない。でも……あの、サクラのジョナさん?を借りることになってんだ。……俺も顔合わせづらい」
エドが軽く「ジョナさん」と首を傾げたので「サクラがたまに乗ってるスコーチ」と付け足す。なんのことを言っているのかは伝わったみたいだが、今度は俺の口からあだ名の由来をはなす羽目になった。知らないよ、リンゴの品種とか。
「うん……まぁ、でも謝っておけよ。相手はAIなんだから、学ばないと分からないこともある。ポラリスも謝りたいって言ってたぞ」
「分かってるよ……でも先に仕事な。割と時間なさそう」
俺はエドの眼前に端末を突き出す。画面にはアシェルから『早くー><』の通知が。
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エドの実家からはなかなか遠く、着く頃には待ちくたびれたリーリヤが地べたに座ってゲームをしていた。
「なんだよお前ゲーム持ってくのかよ」
「せんぱい達が遅すぎるんですよ。1回取りに帰ってもまだ来ないんですもん。大遅刻ですよ、大遅刻」
リーリヤは画面から目を離さず頬を膨らませたが一言エドが「待たせてすまなかった」と言うとにっこりと顔を上げて「全然問題ないですよぉ〜」と直ぐにゲーム機をスリープ状態に落とした。
「色々実家であったんでしょ?お疲れ様。それを見越してわりと早めに連絡入れといたから差程問題ないよ。4、5分予想よりオーバーしたけどね」
リーリヤと同じく腰を落として座っていたアシェルが丸く小さいチョコレートの銀紙を剥がし口の中に放り込む。少し遅れたようだが、おやつを食べる余裕くらいはあるらしい。無言で左手を差し出すと、俺の方にひとつ投げてくれた。
「それは悪かった。その……想像以上に揉めてしまって」
エドが申しわけなさそうに頭を下げる。
「分かる。分かるよ。社長子息って聞くだけで大変そ〜。でも次期社長になれるんでしょ?お兄さんのことは残念だけど、エドにとってはいい話じゃん」
センシティブな話にもずけずけと踏み込んでいくアシェルだが、俺はエドがこの後なんと返すかは知っている。
「いや?その話は受けないことにした」
もう自分の中でエドの返答が『実家を継ぐ』に決まっていたのか、アシェルは適当に「そうだよね〜」と2回ほどうんうん頷いた後、「なんで!?」と声を裏返らせた。リーリヤも若干驚いたような顔をしていたが、どちらかと言うとアシェルの声に驚いたというような感じでエドとアシェルに視線を往復させていた。エドに好意を抱いているリーリヤにとってはもしエドが会社を継いだら俺たちのチームからいなくなってしまうからむしろエドは居なくならないと知って安堵したのだろうか。
「俺は経営学は嫌いだったし、やっぱり元々趣味だった銃いじりはやめたくない。それに、俺はお前たちといるのが好きだ。例え明日死のうともお前たちと一緒に戦いたい。自己中心的かもしれないが、俺がいなくなった後の枠のひとりに、別の人が入るなんて想像出来ない。……二度とあって欲しくない」
淡々と喋るエドに周りは沈黙する。『二度とあって欲しくない』その言葉に俺の胸がきゅっと締まる気がした。リーリヤはそのかけたひと枠を埋めるために配属された後輩だ。少し霞み始めたリンダの記憶が薄ら蘇る。そんな俺を他所に、普段周りを置いてけぼりにして二人の世界に浸って話し合っているサクラとアリスですら黙ってエドを見守っていた。
「……安心しました。エドせんぱいがいなくなっちゃうんじゃないかと、2人が帰ってくるまでずっと不安でした」
リーリヤが口を切る。それに合わせてアリスも続けるように話す。
「エドってさ!初めて会った時から必要最低限しか会話してなかったけど、そう思っててくれたんだ。……ほら、私も体がある頃もパイロットやってたし。経験則的にエドは傭兵なんかじゃなくてもっといいとこに……正規の兵士として就けると思ってたんだけど。上を目指したいとかじゃなくて私たちと一緒にいたいと思ってくれて嬉しい」
素直に感謝を伝えられて恥ずかしいようで、エドは軽く顔を伏せ「それは……ありがとう」と呟いた。サクラはその様子をにこにこと見守っていて俺と目が合うとサムズアップしてにこりと笑った。
「驚かされたけど、それなら良かった。俺も今のメンバーから誰かが欠けるなんて嫌だしね」
アシェルはチョコレートの銀紙をポケットに突っ込み立ち上がる。
「さて、そろそろ行こっか。」
アシェルが先導し、皆それぞれ装備を確認して艇へと乗り込む。今日はどこか心の底になにかモヤモヤする気持ちを感じていたが、きっとポラリスの事だろう。帰ってきたらちゃんと謝らないとな……。俺最後に乗り込むと、扉が閉まり艇はふわりと浮いた。
今日の仕事はなんでも、陥落だけはさせるなとの事だった。どうやらミリシア軍どもが割とガチで本気で攻めてきているらしく、今回参戦するIMCの前哨基地が落ちると軍力の喪失がかなり大きくワンチャン戦況が傾くことも無いことないレベルらしい。
しかしそんな重大な仕事にも関わらずウチのチームと言ったら。
「あっ、今言いました!エドせんぱい言いました!!」
「何。…一体何の言葉だったんだ」
エドが頭の上に掲げた通常作戦会議に使うノート程度のサイズのホワイトボードを下ろす。そこには『かわいい』と書いてあった。
「言わせるつもりでネコの話題振りましたからね!」
リーリヤが同様にホワイトボードを頭の上に掲げながら胸をそらす。
「く……皆して俺に言わせにかかるとは」
「そういうゲームですからねぇ〜〜!!それにエドせんぱいには『かわいい』って言わせてみたかったですし!かわいいって言うエドせんぱいがかわいいんですよ〜!!」
けらけらと笑うリーリヤに、一斉に視線が集まる。
「あ、りっちゃん、『ゲーム』って言った」
「嘘ぉ!?私そんな簡単なワードなんですか!?」
「今まで言わなかったのが謎なくらい〜!!」
エドのドボンにつづきリーリヤのドボンが連続してアリスの笑いが止まらなくなる。シミュラクラムって面白いと感じて笑ってんのか……?それとも、ただ生前のツボをコピーしただけで面白ければ腹を抱えたり手を叩く、と覚えているのだろうか。
こんな大仕事で総動員だと言うのに俺たちはNGワードゲームをして遊んでいる。唯一アシェルだけが参加していないが、愛銃モザンビークの汚れを指で拭っていてあまり緊張しているような感じはしない。時折こちらの様子を伺っているが、特に何か言うことはしなかった。
「ウォーカーさん。敵のレーダーにかかる危険性があります。ここからは下を歩いた方がいい…かと」
操縦席に座っていた男性が振り向いた時、床に座ってゲームをして遊んでいる俺たちを見て一瞬言葉を詰まらせる。
「あー、ウチいつもこんな感じだから気にしないで。ガチガチに固まってるより少しリラックスしてる方が失敗しないって言うでしょ」
理屈はわかるがそんなに言うかと言ったら言わない。
「じゃあ降りようか。みんな起立ー!」
アシェルの号令に合わせてみんなのそのそと立ち上がる。これから仕事だと言うのに床にベッタリおしりをつけてしまって腰が重い。立ち上がって当たり前のようにアリスと手を繋ぐ。何十回目の仕事でアシェルがかける号令には慣れて回を重ねる度に緊張感はなくなってしまったが、いまだに高所恐怖症だけは克服することが出来ない。リーリヤが先に降り次にエドが続き…と迫る自分の番にひとつ深呼吸をした。
全員が地面に足を着けると戦地からある程度離れているにも関わらず砲撃の振動が足元のを揺らす。この惑星の地盤は大丈夫なんだろうか。なんだかんだ地球を離れてから変な質の土の惑星が多かったり、驚くことが多い。地球の環境ってほんとに恵まれてたんだな……急にヒビ割れたりしないよな……と軽く足で土をならす。
「向こうもパイロットを繰り出してるだろうし、大規模な戦いになると思う。テディそういえば結局ポラリスは……」
「はい先輩。わどくんにはジョナさんを貸してあげることになってまーす」
サクラが学校で発言する生徒のように手を挙げる。若干着膨れするクロークのパイロットスーツがびしっと手を挙げるのには邪魔そうだ。
「ジョナさん久しぶりの出勤じゃない?テディも快適さに気付くよ。大きいから広いし、冷房が効くし。その代わり冷房なしは暑くて……いや、熱くて?無理だけどね」
普通にジョナサンみたいに綺麗な流れで発音するなよ。慣れっこか。
「もしもーし、おじさん聞こえる?高みの見物はどう?」
アシェルがヘルメットの無線に手を当て、上空を見上げる。数隻、IMCの艇が飛び回っている。そのうちの1隻に搭乗しているであろう、ブリスクへの通信だろう。一応ブリスクは元IMCの軍曹で上司に当たるのだが、割と全員接し方はフランクだ。そもそも敬うほどあの人はいい人じゃない。
『お前も数年すれば"おじさん"の仲間入りだ、ウォーカー。お前も高みの見物できるように偉くなれ。悔しければな』
鼻で笑う声が無線の向こうから聞こえる。でもそこそこ付き合ってきたから分かるが、ただ煽っているのではなくあれは彼なりの期待だ。
「はいはい。じゃあここでいい成果をあげておかないとね。ところでブリスク、このまま突撃するのはあまりに拙策過ぎる。きっかけが欲しい」
アシェルも俺たちより2年長くブリスク付き合ってるだけあってこういうやり取りには慣れているようだった。アシェルの提案を受けブリスクは少し唸った後
『分かった。こっちで上から攻撃をさせる。タイタンの準備はまだ間に合わんが、相手の1機でも落とせれば上出来だ』
「ありがとう、それで充分。うちのは優秀だからね。半年のリーリヤもいるけど、充分戦力だよ」
『問題児だらけだけどな』と付け足したブリスクの声をアシェルはわざと聞こえない振りをした。
「よし!」
アシェルはみんなの方に向き直り、俺たちの顔を一瞥する。ここまで来たら覚悟。無事に帰るまで再び仲間らの顔を見ることは無いのだ。ヘルメットの光だけが俺たちがここに生きていることを証明する。だが、こんなやり取りも回数を重ねて慣れてきた。密かに拳に力を込めてアシェルに続いて歩き出す。
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物凄い風圧が襲う。敵タイタンの握り拳はアシェルの真下を振り抜くが空中でアシェルは動揺もせずグラップルで敵タイタンの背中に振り子のように空中制御しながら張り付く。
一般的なデータではタイタン対パイロットの戦闘力は5:4。だがそれ以上にうちのアシェルは敵の照準を撹乱するのが上手い。グラップルの戦術に加えて身体能力の高さ、普段は使わないがグレネードやナイフなどひとつの動きを封じても第2第3の手がある。プレデターズの中でも屈指の実力を持つが、またその上がいるのも事実だ。ただ、命令を半分くらいしか聞いてないあたりに難ありと言ったところだろうか。しかしそれでも実力さえあれば人間性は問わないプレデターズクオリティってやつだ。
アシェルは敵タイタンの後部からバッテリーを引き抜き、俺に対してぶん投げる。
「おい……!俺に渡すなよ!俺が狙われるだろうが!」
「え?荷物持ちは後輩の役目でしょ〜」
アシェルがバッテリーを持つと自由に動けなくて俺が動くよりずっと効率がいいのは分かっているが。
「リーリヤでいいだろ!」
「新人にタイタンに追いかけられるなんてトラウマ植え付けたくないじゃん?」
俺ならいいっていうのかよ。1年しか変わんねーよ。
「まあまあ。いいとこ見せたいでしょ?」
そして、適当なことを言う割に俺に対して都合のいい言葉も知っている。悪い気はしない……。こういう奴が辺鄙な集団のリーダーに向いているのもまた事実なのだろう。
敵タイタンがこちらを見る。イオンだ。体の中心に煌々と輝くタイタンの瞳とも呼べるカメラアイと、確かに目が合った。こちらは2対1。有利な状況だ。ということは相手にとっては不利な状況。さっさと1人殺して有利状況を作りたいはずだ。
正直俺を追いかけたところでアシェルはしつこく追い回すだろう。と、いうことで多分相手は恐らく今回の敵として最強であろうアシェルを狙う!という結論に至った俺。この場はアシェルに任せよ……とトンズラを図ると
『余所見するな。馬鹿』
突然現れた巨大な手が俺の体をさらう。
「……エド!?」
『イオンは遠距離攻撃も行う。むしろ火力が高く射程も長いあのレーザーショットがメインウェポンと言っても過言ではないな』
タイタンに搭乗したエドの視線の先には焼け焦げた地面があった。…さっきまで俺がいた場所だ。
「じゃあどうすれば良かったんだよ!」
『アシェルにバッテリーを投げ返せば良かったんじゃないか?』
時に図々しさがアシェルを超えるよな。こいつ。
「まあそれでもいいよね。俺は普通に困るけど。でも良かったじゃんテディ。バッテリーの提供先が見つかって」
アシェルはエドのイオンを指さす。確かに。
「じゃ、じゃあこれやるから背中に乗せてくれ……」
『俺の手の上からでも乗れるだろ』
「高ぇところ怖いって言ってんだろ!!!」
さっきまで死にかける恐怖が勝って高所など全く怖くなかったのだが、やり取りで力が抜けて急に自分が高所(エドのイオンの手の上)に居るのだと自覚する。
『すまん。忘れてた』
俺をイオンの上に乗せると万が一落ちないように手を添える。こういうところは気が利くというかなんつうか。俺たちのやり取りに気を取られていたのか、敵のイオンが我を取り戻したかのように頭上のアシェルに虫を捕らえるように掴みかかる。が、アシェルは「おっと」と軽々避けてしまう。
しかし、俺たちが茶番を繰り広げている間に仲間と連絡を取ったのか敵のノーススターが背後からフェルカドに重い一撃を与える。反動で機体が揺れ、落ちそうになるもエドは俺の体を掴む。
「あぶねぇ!一旦引こう。別のタイタンの相手をしてる時にノーススターに狙われてるとまずい」
『分かってる。アシェル、引こう』
「オーケーオーケー。2体の攻撃くらい避けられんこともないと思うけど、万が一にもまぐれで当てられちゃ仲間に顔向けできないしね」
死んだら向けられるのは死に顔だけだろ。というツッコミは今は置いておいて。再び相手のノーススターのプラズマレールガンの銃口が熱を帯びる。フルチャージ、プラズマで勢いを増した弾丸が放たれるが、エドは俺を掴んだままヴォーテックスシールドで弾を受け止め、跳ね返す。しかしこのままではスプリッターライフルを握ることが出来ない。走って退散するから戦え離せ……と言おうとすると、突然相手のノーススターの挙動がおかしくなる。
目を凝らしてよく見ると、こっそりとクロークのまま近づいたサクラがノーススターのカメラアイの正面に張り付いているのだ。大丈夫なのか?見守っているとアシェルが「ヒュー!やるねぇ」と口笛を吹く。よく見ると張り付いたサクラの手に握られているのは、突き付けたチャージライフル。
閃光が相手のノーススターの中心を貫く。さすがタイタンの装甲と言ったところか軽量級であっても貫通には至らなかったようだが、衝撃でハッチが歪み留め具がバカになってしまったようだ。構わずサクラは隙間からこじ開け、ハッチを破壊する。
『す、すごい力だな……』
若干引きつった感嘆の声がエドから漏れる。俺もなんという力技のゴリ押しか、言葉が出なかった。
サクラはノーススターの上部についたバーを掴み、足をコックピットの中に突っ込む。蹴りでも入れるつもりか、と思いきや動揺する相手の首に足を回し、股関節の締め付けだけで相手の首の骨を折ってしまった。遠くからはハッキリ分からなかったが、抵抗しようとする相手の腕から力が抜ける瞬間を見て少し血の気が引いた。相手のガタイ的に男性パイロットだったであろう。女の子の足に挟まれて……少しでもこの世に感謝しながら逝ってくれ……。
サクラのトンデモ戦法に皆興味を引かれているうちにまったく興味を持たれなかった相手のイオンが、敵に囲まれたことを察し、たまったコアを発動しようとする。はじめは味方の命を奪ったサクラに向けかけていたが、冷静さを取り戻しエドのイオンを落とすべきと気付いたのか再びカメラアイが俺とエドを捉える。
イオンのヴォーテックスシールドは物理的な攻撃は受け止めることができるが、Lスターなどのエネルギー攻撃は受け止めることが出来ない。それはイオンのレーザーコアにも同じことだ。幸いエドのイオンはまだほぼ無傷でダッシュなどを駆使すれば避けられないこともないが、問題は俺だ。今エドから離れても一瞬で焼かれてしまうだろう。エドは攻撃を受けるつもりで俺を体の後ろへと避難させる……が、
『ヤバいよ〜〜!!どいてどいて〜!!!』
衝撃音。軽く防音機能があるヘルメット越しでも耳を貫通するような破壊音。それに対してアニメの少女のような声。
『やっば〜…事故っちゃった…えへ』
落ちてきた巨大な鉄の塊、トーンからアリスが顔を出す。フォールキル。なんの痛みもなく一瞬で逝けるがなんだかんだ言って一番恐れている死に方。敵ではあるが目の当たりにしてしまった。
「えっ、これ。凹んじゃっても保険適用できるかな?」
知らねーよ。無邪気に笑うアリスのその下の残骸はさっきまで敵のイオンだった何かだ。当然中の人も無事ではあるまい。というかなんか血らしき液体が見える。
「うわぁ!」
一番遅れて(今更)来たリーリヤも若干引いたような悲鳴を上げる。割とあくどい事をやってのけるアシェルですら苦笑い。いや、フォールキルという名があるほど正攻法ではあるのだが……。
「……うちの女子ってほんとパワフルだよね…」
「一緒にしないでください……」
アシェルの言葉に断固としてリーリヤが否定に入る。言うてこいつも結構図太いから1年もすれば多分これくらい笑ってやると思う。サクラだけが「ありすちゃんすごーい!!かっこいい〜!!」と興奮気味だ。その時、エドの近くにいた俺だけが聞き取れるような声でエドが言った。
「……やっぱり、俺たちのチームは最高だ。……俺はここに来て良かった。……最高の親友もできた」
まだ俺を掴んだままのイオンの手に少しだけ力がこもった気がした。
To be Continued ▹▸