Episode 2
焦慮
窓に手をついて外の様子を眺める。酷い天気だ。風で窓が大きく揺れたので手を引く。昼間なのに外が真っ暗なせいで窓には俺の顔が反射している。そして、後ろからアリスが歩いて来るのが見えた。
「はい、テディお待たせ。特に異常なし!ついでに油も挿しておいてくれたって」
アリスが両手で大事そうに抱えて持ってきてくれたのは俺の義手。アリスがここ『ヴィンソン・ダイナミクス社』に昔からの知り合いがいるということでここに繕ってもらった。
「……天気、悪いね。」
アリスは俺の向かいに座り、視線を同じく外に向ける。どうやら雷も鳴っているらしい。一瞬光ったと思えばあとから遅れてゴロゴロと音が鳴る。
「ここ、天気良かったら景色綺麗なんだけど。……ここは高いけどテディ大丈夫なの?」
「まぁちゃんと壁に覆われてるし。絶対落ちないって分かってるから、大丈夫」
再び雷が光る。
「…天気がさらに酷くなる前にそろそろ帰ろうか」
アリスが俺の手を引こうとする。しかし俺は壁のある写真に目を奪われ立ち止まってしまう。
「……アリス、これお前どっかにいる?」
俺が指さすそれは年度ごとに分けられた新入社員の記念撮影だった。
一瞬教えるのを躊躇うかのように間があったが、
「……ここ。これが私」
指をさしたままの形の俺の手を掴んでアリスは1枚の写真の上に置く。その指の先には今のアリスのイメージとは程遠い、胸が大きくて、病気を疑うほどに細い腰と、椅子に収まりきらなそうなデカい尻……。そして何より驚いたのが
「アリスって。もしかして40過ぎてる……?」
「うん!」
曇りひとつない元気な返事が返ってきた……。
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「お〜おかえりぃ」
最初に出迎えてくれたのはアシェルだった。その胸には固定帯を巻いており、前髪の隙間から覗く右目には眼帯をしている。
ちょうど席について休憩をとっているところだったらしい。
「ただいまぁ。いや〜星間タクシーを使ったのは久しぶりだよ。いつもアシェルの送り迎えだからね。テディも初めてだったよね」
「…うん。なんかアシェルじゃない人が操縦席にいるのは新鮮だった。でもアシェルの運転の方がいいわ」
「褒められてるよね?嬉しいな。2人とも座りなよ。退屈だから話をしよう」
アシェルが空いている対面の2席を指さす。俺は特に予定も無かったのでアリスの方を伺うと、アリスも特に予定はないらしく頷いて椅子を引いた。
「どう?テディは訓練さぼってない?」
早速アシェルが口を開く。最初の話題がそれかよ。と思い眉を顰めるもアシェルは続ける。
「……テディたまには自分でどんなことしてますって報告してみたら?」
「えっ?」
突然の話題のフルスイングに固まる。それもそう、エドが呼んでもサクラが呼んでも逃げ回り隠れ漫画読んだりとかそんなのしかしてないのだ。
「……だそうだよ」
しばらく固まっているとアリスが首をこてんと傾げてアシェルに話を戻す。
「結構エグい報告の仕方するね……」
「んふふ。私アシェルよりパイロット歴長いから。今は君の後輩だけど私も何人か見てきてるよ」
そういえばヴィンソン社の写真のアリスは随分若かった。あの頃から続けているとなると……一体何歳になる?
「そうだね、しかしそのあと君は戦闘にて致命傷を負いかつてからシミュラクラムに興味があったため、機械化を選んだんだっけ。そのあと数年体に慣れる為の休憩を挟んでパイロットとして復帰……。でもなんでシミュラクラムになりたいと前から思ってたのかな?」
アシェルは真っ直ぐにアリスを見つめて問う。確かに、あの女性すら目をとめてしまいそうな美貌とスタイル。アリスがもしもの時のためになんて言うような想像はあまりつかない。そもそもそんな事聞くのは失礼なのでは……と考えているとそんな心配を他所にアリスは特に躊躇うでもなく答えた。
「かわいい体になりたかったんだよ。皆は私の体を見て羨ましいとか魅力的だとか言ったけど、私はかわいい服が着たかったし今みたいに背も小さくてよかった。凛々しい声じゃなくてアニメの女の子みたいな声がよかった。だから私今がすごく楽しいんだよ」
表情に表せない代わりに体を左右に揺らしながら話す。頭の後ろに着けた大きなリボンもゆらゆらと揺れる。その先に着いた動物の毛皮のようなストラップのせいか大きなリボンをあしらったポニーテールに見える。
「そういう事ね。……ところでさ、アリスにお願いしたいことがあるんだけど……」
アシェルもアリスに合わせて小さく揺れ始める。こういうのってなんかうつるんだよな。しかしアシェルの肩には力が入っているように見える。そして彼は小さく息を吸ってから切り出した。
「動けない俺の代わりに一瞬だけリーダーになってくれない?」
さすがに予想していなかった頼みのようでアリスの動きがぴたりと止まる。俺も予想外の質問に力み肩がぴくりと跳ねる。
「……私が?エドとかの方が相応しいんじゃないかな。アシェルが復帰するまでの短期間なら尚更ね」
アリスが早口になる。表情が出ていないとはいえ動揺が伝わる。
「いや、エドがダメだって言うんじゃないよ。でも彼よりアリスの方がチーム全体を見てくれるかなって」
アシェルがちらりとこちらを一瞥する。なんで俺?と眉を顰める俺を見てアシェルは続けた。
「ちょっとテディの事を見すぎなんじゃないかなって。分かるよ、テディは一番エドに構ってくれるね。エドもそれが嬉しいんだよ。彼家がお金持ちで幼少期なかなか近い年代の友達が居なかったって聞いたから」
そんなつもりは無かったが、最近エドは昔より俺のわがままを聞いてくれるようになったし前は俺が皮肉をぶつけに行く以外ほぼ話さなかったが向こうから話しかけてくるようになった気がする。俺も素直で世間知らずすぎるエドに当たり散らすのに罪悪感を感じてここ最近割と普通に接するように心掛けていたがエドにとって友情と認識されていたとは……家を追い出されてからは全く人との関わりを築こうとしてこなかったため、俺の方が小っ恥ずかしくなって目を逸らす。
「それに皆の前でこの話をしてもアリスは自主的に立候補してはくれないでしょ?ちょっと君には自主的な行動をして欲しいなと思って」
うーん、と唸ってアリスは再び揺れ始める。
「その代わり欲しい美容液があるんだけど、買ってくれる?」
「び、美容液?俺の財布から出る値段ならいいけど……」
アシェルは引き気味に承諾する。シミュラクラムに美容液ってなんだ?
「やった〜。アシェルも早く治してよね〜興奮剤貰ってきてあげようか〜?」
などと冗談を言いながらアリスは席を立ち、スキップしながら去っていった。
「…………美容液って鉄にいいの?」
アリスが立ち去ったあとアシェルが言った。
「……さぁ?」
俺も知らない。
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アリスがリーダー代理になってから3週間が経とうとしていた。その期間になにか命の生命を脅かされるような仕事があったわけでもなし、平和だった。
アシェルもだんだん艦内をよくウロウロしているようになったし、またそのうちリーダーに戻ってくるだろう。
俺はソファに転がってテレビを見ていた。ソファはボロボロでそれは大抵俺がひょんな事で穴が空いてしまった部分から綿をぷちぷち抜いているせいだ。なのでソファとしての柔らかさはかなり失われてしまった。
「テディ、ちょっといい?」
大きな音量で聞いていたため後ろにアリスが来ていることに気づいていなかった。アリスは俺の返事を待つ前に続ける。
「もしかして、と思って。テディに話しておきたいことがあるんだ」
アリスが俺に向かって手を差し出す。マイペースなアリスが手を取って起き上がるように急かすのは珍しい。
「わかった、わかったから自分で起きる」
アリスの手は取らずソファを軋ませながら起き上がる。俺の傍から離れたアリスは「こっち」と指をさす。アリスの指さす先はガラスの向こうの小さな部屋、喫煙所だ。ちょうど利用者が出ていくところで、中は空っぽになった。
アリスが喫煙所のドアを引き先に入るように促す。かわいいを追求するアリスにも生前の紳士らしい行動は抜けないらしい。入室し、椅子に腰かける。ここの椅子も綿が入っているが、俺はタバコはどうも噎せて吸えないので(と言っても幼少期いたずらで咥えたのが最後だが)実は始めて入る。
「それでね、話なんだけど」
早速アリスが切り出す。
「テディのパパ、生きてるかもしれないの」
「……!」
目を見開く。元軍人の俺の親父は、優秀だった。しかしスペクターやストーカー…機械兵士の導入によって身を危険に晒しているにもかかわらず生活は厳しくなっていった。
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「ママ、今日もこれだけ?」
俺は目の前に置かれた皿をひょいと持ち上げた。パンに茹でただけの野菜、それとサクランボの実がひとつ。俺の隣の母親の飯も、対面の父親の飯も同じものだった。
「皆同じだから、我慢して頂戴」
母親は俺の前に水の入ったコップを置く。水面に見慣れた景色が映り込み、ふと窓の外を見る。
昔と思うと随分とビルが増えた。物価が高騰している。ここシアトルもだんだん富豪層の街へと変わってきた。金の動きが傾き、貧困の差が大きくなってしまったせいだ。俺たち一家はその貧の部分にあたる。近所の人がどんどんフロンティアへ移住していく。そして空き家は取り壊され企業ビルへ、どんどん住宅街が狭くなっている。
食卓に視線を戻すと父親が席につくところだった。
「……そろそろうちもフロンティアへの移住を考えんといかんな」
ぽそりと父親が誰に言うでもなく呟く。
「……。聞いてくれ。フロンティアへ行ってパイロットになろうと思う。勿論フルコンバット認証を取る」
父親の独り言を聞き流していた母親がばっと父親を見る。
「……これ以上前線に立つってこと?やめて、危険すぎる。確かにあなたは兵士としては優秀だけど……。エドワードも仕事をするようになればもう少し生活が楽になる。この子の大学だって…」
母親の言葉を遮るように父親はある紙を1枚取り出す。
「……転居願…」
俺は淡々と読み上げる。この辺の土地を買いたがる企業からだ。しかし俺たちは既にシアトルの中では一番安いであろう地域に住んでいる。……つまりもう地球上に引越しは無理だ。
「なんとか……なんとかなるはず。まだそれを決めるのは早すぎるわあなた……」
なおも食い下がる母親の肩に俺は手を置く。
「エドワード……」
家族の視線が集中する。
「……諦めよう」
俺はどちらの目も見れないままぽつりと呟く。
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フロンティアでの生活は今まで以上に楽になった。親父の職業柄IMCからの援助も多少受けられた。
しかしある日を境に親父は帰ってこなくなった。…一般的に『デメテルの戦い』と言われるミリシア兵とIMC兵の戦いの影響で。俺はあの日のニュースをいまだに鮮明に覚えている。確かに誰も死んだなんて言っていない。しかし誰が生きてるかすら、分からないのだ。
「…ある噂を聞いたの。FD、って聞いたことある?」
「……フロンティアディフェンス…?なんだそれ」
「6-4って覚えてる?タイフォンで名前だけ聞いたかもしれないんだけど」
脳みその中の記憶を整理する。確かに、居たような気がする。そんな傭兵集団。
「私たちプレデターズみたいに報酬が全てみたいなのじゃなくてフロンティアの秩序を守ってるらしいけど、私には難しくてわかんないや。明日生きていくにも結局必要なのはお金だしね……。話が逸れたね。元々その6-4に所属してた人の一部が残留艦隊からハーベスターっていう所謂惑星の燃料を収集してる装置を守ってるらしいの」
「残りゅ……?なんだそれ」
また新しい言葉が出てきて頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。
「物資補給が絶たれたデメテルに残されたIMCの残党のこと。もしかしたら、テディのパパもその部類なんじゃないかと思って。もっとも相手のタイタンは自動操縦だから本人に会えるわけじゃないけど、データとして記録は残ってるんじゃないかな。だからその元6-4の人たちのもとにフリーの傭兵のフリして参加すればいいと思ったの」
だいたいいアリスの言いたいことは分かった。
「分かったら出発ね。本当は4人いなきゃいけないけど……誰かアシェルのために残ってないといけないから私たち2人だけね。残りは知らない人だから、喧嘩とか避けてよ?」
ちょうど別の人が喫煙所に入ってきたのでアリスは「この話は今は終わり!また出発する前のタイミングで!」と先に出ていってしまった。
(親父……親父に会えるのか……。)
考え込んでいるとさっき入ってきたやつに不思議そうに見られていた。タバコを吸わない奴がここにいるのは確かに不信かもしれない。俺は逃げるように喫煙所を後にした。
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それから2日ほど経ち出発の時が来た。既に事情はエドとサクラにも話しており、こっそり見送りに来てくれた(エドには弁当を持たされた)。その時はやる気に満ち溢れていたが……、シップの端っこでじっとしていられない2人、こいつらの顔はよく覚えてる。元6-4のデービスとドロズだ。仲が良くたまにどつきあっているが、その度にシップが揺れるため高所恐怖症のこっちにとってはたまった話じゃない。
そして俺たちの対岸に座っているのがクロークとグラップルの2人。今日の一時的な仲間だ。クロークの方は背が高く、外見から既にガタイの良さが伝わる。グラップルの方は隣のクロークと比べると随分小さく見えるが少なくとも165センチの俺よりはでかい。グラップルがいつも首元で揺らしているスカーフを長めに取りフードのようにして被っている。俺が見ているのに気づくとふいと顔を逸らしてしまった。
「君たち全然しゃべらないんだな。せっかく力を合わせて戦うんだから自己紹介くらいしといたら?」
いつの間にか立ち上がっていたデービスが俺たちの顔を順々に覗き込む。
「……俺はシャーク。こっちはマシュー。よろしくな」
先に自己紹介をしたのはシャークと名乗ったクロークの方だ。握手を求めるように手を差し出されたが、その手はやはり大きい。マシューの方はあまり喋らないタイプらしいが、少し顔を上げた時に顔の左半分を覆う火傷のあとと火傷によって角膜が白く濁った目が見えた。シャークがマシューに挨拶をするよう促すと小さな声で「よろしく」と言った。
「私はアリス!こっちは…」
アリスがこちらを振り返る。
「エドワード。愛称でテディって呼ばれてるけど好きな方で」
適当に挨拶をする。でないとあまり相手に視線を合わせていると下が見えてしまう……。
「よし、自己紹介も済んだところでそろそろ降下地点だ。頑張れよ!おいそんな所に突っ立ってて突き飛ばされても知らないぞ!ドロズ!」
デービスがドロズの腕を引く。
「分かってる。お前しかしないだろ?そんなこと」
窓の外を見ていたドロズはデービスに腕を引かれ奥の方へと下がっていく。
「それじゃ、健闘を祈る!」
ドロップシップの後部が開き、風が吹き込んでくる。慣れた様子でアリスは俺の手を握り床を蹴り、俺はそれに続く。ジャンプキットをふかし地面に着地する。見回すといつもと違う物が。
「ハーベスターのシールドを起動するぞ!」
無線からデービスの声がして程なくその物に盾が張られる。これが惑星からエネルギーを収集してるって言うハーベスターか……。
燃料の供給が絶たれた残留艦隊にとって確かにこの施設を奪えたら大きいだろう。俺は親父に会いたいのに、何故かそれを邪魔している気になる。……でも、生きていないのなら残留艦隊なぞ興味はない。今日はそれを確かめに来たんだ。
考え事をしていると相手方の歩兵がどんどん投下され、ハーベスターのシールドを破るべく向かってくるのが見えた。
「いくよテディ。向こう側はシャークさんたちに任せて私たちはこっちへ」
「わかった」
とりあえず今日は直接親父に会える訳でもない、余計な思考を振り払って俺はアリスの後に続いた。
あらかた歩兵の相手が済んだところで突然の地響きに思わずバランスを崩す。
「…タイタン!」
アリスが指さす先にタイタンが一機降下していた。
「とりあえず、データは残骸からいくらでも回収できるから倒すことに集中して。あ、あとちょっと待って欲しい」
俺がアーチャーを構えたところでアリスの静止が入る。突然何を…と思っているとそのままタイタンに向かい攻撃を避けながらアリスはタイタンの背中に張り付く。
「ほら、これ要るでしょ」
そのままタイタンのバッテリーを引き抜き俺の方へ投げる。慌ててキャッチするとアリスはそのバッテリーの差し込み口にフラグを投げ込むと期待を蹴って離れる。
「あ、ゴメン。1人で片付けられちゃうかも」
アリスはそのまま空中で背中のチャージライフルを取りだし着実にタイタンへダメージを与えていく。漏電を起こし火を噴く機体はほぼ壊れかけだ。するとどこからかゆるりゆるりと飛んできたサンダーボルトの弾がタイタンと接触し、大爆発を起こす。
「あいつ……!」
軌道の方向を見るとシャークがゴメーン!!と手を上げていた。
「テディ。誰がとったとかじゃないよ。今は相手を負かすために戦ってるんじゃないの。守るために戦ってるんだよ」
いつの間にか俺の元に戻ってきたアリスが俺の方をぽんと叩いて「それにコレ頂いちゃったしね」と俺が抱えたバッテリーを指さす。
「さ、準備しないと次がどんどん来るよ」
アリスが俺の元から離れるともの凄い轟音が響く。このタイタンフォールの数……この仕事大変だな。
こんなに長い間タイタンに乗ってたのは久しぶりだ。額に汗が伝うのを感じたが、この短いインターバルにヘルメットを脱いでいる時間など無い。相手は無人のタイタンだし一見よく見るシャーシをしているが全く違う性能を持っている奴もいる。
「ずっとアーク放ってるローニン嫌なんだよな……」
「テディはそもそもローニン君が苦手じゃん。相性悪いから分かるけど」
アリスの視線の先には味方のローニンとイオン。味方にローニンがいるからこそこそと小声で喋っている。
「そういえばテディ、お父さんの情報に繋がるような証拠見つけた?」
アリスが武器庫から体力に買ったものたちを脇に抱えながら言う。
「…いや。見つけてない。デメテルの戦いはほんとにデカかったからこの中から親父の情報持ちを探すってなると……俺プレデターズ辞めてあのLスター2人組の仲間になって探すしかなくなるよ……」
俺が答えると同情するようにアリスが肩を落とした。
「やっぱりね……。こんな多い中から見つけるのは無理か……。あ…」
アリスが何かを察したのと同時に俺もどこか空気が変わったのを感じた。次のウェーブが、来る。
「あ!やば。私この買い物たち設置してこなきゃ。テディ、先に味方のサポートに回ってて。すぐ行くから」
アリスはカートゥーン調の効果音が似合いそうな短い歩幅の小走りでさっさと罠とタレットを置きに行ってしまった。
「……ポラリス、後ちょっと頑張ろう。頼む」
ぽそりと呟いて俺はタイタンに乗り込む。ポラリスは何も言わない。
元々ポラリスというのは俺のあだ名みたいなものだった。エド以外にもエドワードという名前は沢山いるもので区別をつけるためにとにかく適当な名前をつけていた。俺は昔地球から星を眺めるのが好きだったから北極星の名前を取ったわけなんだが。まさかノーススターにこんなぴったりな名前を譲るとは思ってなかった。
でもここから見える星は地球とは違う。当たり前だがここからポラリスを観測することは出来ない。だから俺の好きな星は、今ここにいるこいつだけが存在する証だ。
そんな事情も知らないポラリスは風上に向けてプラズマレールガンを構える。一方俺はいつまで経ってもニューラルリンクに慣れない。脳神経で繋がってるから当たり前なんだが、脳が痺れる感じがする。
一瞬目眩のように視界に光が飛んだかと思えばもう俺はこいつと繋がって同じ景色を見ている。俺が前に進もうとすればこいつの右足が出る。ほぼこいつになったのと変わらない。これにもなかなか慣れない。動かそうとしてるのは自分の体なのに動くのが自分の体じゃないなんて。
HUDのミニマップ上に敵タイタンの所在位置がマークされる。流石と言うべきか既に味方のローニンが向かったようだ。
(……あのダッシュ音、苦手なんだよなぁ)
普段ミリシア兵と衝突した時の消耗戦を思い出す。正直言ってこっちは直接的な防御がない上スナイパー、更に軽さを追求した衝撃には比較的弱い装甲のためローニンに間合いを詰められるのは苦手だ。出来る事といったらノックバックが起きるパンチしかない(気休め)。さらに人気の高い機体のため俺はよく戦場で目にするし、いじめられる確率も高い。
「ふー、おまたせ!」
いつの間にか俺の隣に来ていたトーン。アリスだ。
「さて味方のローニン君イオンちゃんに任せきりで悪いから行こうか。せっかくだから沢山攻撃してデービスとドロズに賞賛してもらおう!」
早速アリスはソナーを放ち近くの物陰に潜んでいた歩兵たちを元気に踏みつぶして歩いている。手入れが趣味らしくアリスはよくトーンを血みどろにして帰ってくる。落ちなくなるから自分の後頭部のもふもふやリボンに返り血を浴びるのは嫌いらしいが。
とにかく今はそんなことどうでも良くて、アリスに続き、スラスターをふかしホバーする。ざっと見た感じニュークリアイジェクトをさっきから頻発してきやがるリージョンと同型機が数体見えた。俺自身がニュークリアを使うからわかるが、あれが近くで爆発した時はタダでは済まない。ハーベスターもシールドごとダメージを受けるだろう。
ニュークリアか……懐かしい記憶が蘇る。もう多分こうして何回も思い出しては喉まで上がりかける胃液を何とか抑え込むほど気にしてる奴は俺しかいないだろう。自分が使うニュークリアはまた違うが敵のニュークリアはどうしても思い出してしまう。
「リンダ…………。俺ちゃんとやっていけてるのかな」
もちろん誰から返事が返ってくるわけも無い…………と思っていたが、ずっと黙っていたポラリスが口を割る。
『ボールドウィン、考え事は危険です。自信を持ってください』
「分かってる……分かってるよ」
『今は戦いに集中を。……貴方の帰りを待つ友人がいます』
友人と言われて真っ先にエドとさくらの顔が思い浮かぶ。それに、先輩や後輩のアシェルとリーリヤも。そしてすぐ目の前には共に戦うアリスも。じしんがなかった。4年前に嫁を裏切って家を追い出されて、当時は悪びれもせず浮気どころが同時に何人もの女を引っ掻き回すような奴で、何もかも失ってから初めて気付いた。自分は価値を見出すのも惜しいほど最低な存在だと。死と隣り合わせなのを理由に死んだら親への借金返済をチャラにするために俺はここにいる。でもエドは俺の借金を立て替えてくれて利子はいらないからそのまま返せたら返せと言っていた。戦争が終わる前に、死ぬ気だったのに。
俺は価値のある人間なんだろうか?
耳障りな音を立ててドローンが周りを飛び始めた。俺はドローンを叩き落とすために無理やり現実へと引き戻される。
今日はやけに"右腕"が痛むな。
「テディ!早くこっち!援護欲しいかな!」
顔を上げてみるとアリスが敵3体にパーティクルウォールを挟んで対峙していた。
「まって、すぐ行く」
気持ちを切り替えるため首を振ってアリスの援護に向かう。
「こっちこっち。盾がある間は自由に私の後ろに隠れて。」
言葉に甘えてアリスのトーンの後ろからプラズマレールガンを構える。この武器はチャージ時間が長いほどパワーも増す。アリスの盾を使わせてもらうお陰で高火力をぶつけることができる。人によっては味方に損傷を与えず弾が通る改造を施してる奴もいるみたいだけど、俺はこのプレデターズの先輩のバイパーさんみたいなかっこいい軌道をしたくてスラスターを改造している。……まぁあの人のノースはちょっとおかしいレベルだけどな。多少の損傷を覚悟しつつアリスの後ろから顔を出し撃ち逃げ……。まぁ、真っ向から戦うのはどうも苦手だからお気に入りの戦法だ。
「テディ、私はこっちの相手をする。そっちはもう壊れかけだから、トドメ行っちゃって!」
「おけ、じゃあそっちよろしく」
俺は敵タイタンに足払いをかけ転ばせる。ポラリス……ノーススターは軽量級というだけあって動きが素早く軽い体術なら軽くこなしてくれる。相手を転ばせたところで確実にプラズマレールガンを……当てる。引き金を引くと鋼鉄のひしゃげる音が響く。確実に敵を仕留める方法……でも非常な殺し方。今回に限って中に人がいないのが唯一の救いだ。
「お疲れ様!4人ともなかなかやるじゃないか。この後どう?肉でも食べに行かない?」
やっと周囲の安全確保が済んでデービスがドロップシップから降りてくる。肉はちょっと食べたいけど親父に関する手がかりがあるならここで探さなきゃいけない。俺がいらないと答えるとシャークとマシューも断ってまだ帰る気ではないらしいがどこかへ行ってしまった。アリスはそもそも肉を食うことはできないので片手を上げて断りの意を示す。
「最近誰も行きたいって言ってくれないんだよな……」
「俺たちオペレーターは上から状況報告して動いてないから肉を食う余裕があるだけだろ。皆動き回ったあとでガッツリ食いたい奴がいるか」
デービスに続いてドロップシップを降りたドロズが軽くデービスの臀を蹴る。俺たちもこの2人がじゃれている間にさっさと親父の手がかり集めをして帰ろう。仮にもリーダーのアリスをあんまり自分の都合で引っ掻き回す訳にはいかない。長い間留守にさせるとエドとさくらとリーリヤ、そして療養中のアシェルを困らせてしまう。
俺は適当に残骸と化したタイタンのログを集めて回る。
「どう?テディ」
特にやることも無いアリスが声をかける。
「……ダメ。燃料を奪い取るために向こうはほぼ最後の希望のつもりでハーベスターを狙ってる。デービスとドロズがこうして仕事として募ってるくらいだからこれまでも何百って数を相手にしてきたんだろ…。でももうこの仕事、大変だから一体一体漁る気は起きないや……」
やはりなんの手がかりも得られなかったというショックもあり、笑いかけたつもりが顔が見えなくても分かる程に声が震えてしまった。
「……いつかは分かるよ。IMCにとってもデメテルの戦力は何とかして回収したいはず。惑星ハーモニーを破壊できなかった上、タイフォンの破壊によって多くの兵力を失ったんだから。」
さぁ帰ろうとアリスが俺の手を引く。従ってついて行こうとするとアリスがぽつりと呟いた。
「……あの二人、ヴィンソンの人だね。さっきそんな感じに取れることを話してた。……アッシュが残留艦隊のデータバンクを漁りたいって話は本当なんだな」
「……アッシュ?アッシュって元うちの…?」
「そうだよ。テディには話してなかったか。タイフォンの破壊後シミュラクラムの彼女は回収されてるの。あの人はもう人間の寿命を超越するほど生きてるからね。シミュラクラムで生きてるっていうのが正しいのかは分からないけど。過去の情報が知りたいみたいよ」
アリスが俺から手を離し代わりに自分の手を後ろで組む。
「だから漁らせてるんでしょ。だから向こうの2人もも覆面ってわけ」
アリスがちらりとシャークたちのほうを見る。
「そりゃタイフォンの件で6-4の面々にもプレデターズの顔は割れてるもんな……」
「6-4達が出てくる前に怪我して帰ったパイロットくんどーこだ?」
アリスが俺の顔を覗き込む。やかましいなこいつ。
「…うるさい。結局一時撤退したお陰でタイフォンの爆発には巻き込まれずに済んだだろ。IMC兵はもちろんあれで多少の傭兵たちも死んだんだぞ」
アリスの顔を押しかえす。なんか顔に触るなと喚いているが顔も何もただの金属の塊だろ……と思いはするがさすがにシミュラクラム全員を敵に回しかねない。
「さてさて帰ろうか。そろそろ皆もご飯の時間だね」
「あ!やべえ!」
突然声を上げた俺に先に歩こうとしていたアリスが振り返る。
「エドに渡された弁当食ってる暇なかったわ……」
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エドには止められたがせっかく作ってくれた弁当だと思って今日の俺の晩飯は弁当になった。
「あんまりもつ物は入れてないから腹壊しても知らないぞ」
隣でエドがまだ止めようとしてくるものの、
「なんだこれ……お前の飯、うめぇ……」
止めたくても箸が止まらない。俺はこいつのことボンボン箱入りお坊ちゃまだと思っていたが、授業で習った料理にハマってしまい、それからというものたまに自分の弁当を作ったり暇な時は菓子作りをしていたらしい。こいつどこまで趣味の幅が広いんだ。
「感想を貰えるのはありがたいんだが。…本当に腹壊すなよ…?まぁ、俺のチェストに薬が入ってるからちょっとでも腹壊したら飲めよ。今日は特に何かした訳じゃないが丸1日暇なのは久しぶりで、趣味をし倒そうとしたら逆に疲れてしまったから、先に寝る。……電気は点けたままにしておくから早くテディも風呂に入って休め。…もう2日だぞ」
そう言ってエドは席を立つ。エドの言うもう2日というのは俺が風呂に入り損ねた日数だ。決して面倒じゃない。
(でも久しぶりにガッツリタイタンに乗って疲れたな……風呂入るか…)
ゆっくり弁当を食べていると、今度はサクラが目の前の席に座った。
「ふぁに?ほんほははふらはよ(何?今度はサクラかよ)」
「ごめんね。ご飯食べてるのに。でもちょっとわどくんに聞いてほしい話があって。ゆっくり噛んで飲み込んでからでいいよ」
なんだよもったいぶって……と言いながら咀嚼(結局噛みながら喋ったので通じたかは分からない)をして飲み込む。
「はい。飲み込んだよ。何?俺なんかそんな話聞くような用事ある?いつも俺がなんか食っててもサクラ話してくれるじゃん」
「……それだけ大事な話ってこと」
サクラは視線を俺ではなくテーブルに落としたまま言う。そして何かを懐から出したと思うとそれを机に置いた。それはワッペンのようなものだった。所々焼け焦げたような跡がある。そしてどうやら名前が書いてあるようだった。
「……!Oscar…」
そのワッペンにはOscar・Bと印字されていた。俺はこの名前をよく知ってる。オスカー・ボールドウィン。俺の親父の名前だ。
「どうしてこれ、サクラが……」
「わどくんがお父さんの手がかりを探しに行くって言った時、何度かお父さんの名前を言ってた。それで私どこかで見た事のある名前だなって思って……」
しかし依然サクラは視線を落としたままだ。というか、俺と目を合わせたくないような。
「それでね、私の事を話さなきゃいけないと思って……」
俯いたままサクラは深呼吸をする。そして意を決したかのように顔を上げる。
「私もともとミリシアの保有する惑星で育って、小さい頃にIMCに襲われて家族を全員殺されたの。……このワッペンは、その壊された私の故郷で拾ったもの」
To be Continued ▹▸
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【人物紹介】
マシュー
所属:ヴィンソン・ダイナミクス
戦術:グラップル
プライマリ:Lスター
サブ:P2016
アンチタイタン:MGL
タイタン:ローニン級
元ミリシアの捕虜。幼少期から当時のストレスによって記憶が曖昧になっているのを利用され、IMCの兵力になっているが、記憶を辿り唯一微かに覚えている双子の存在を探している。
シャーク
所属:ヴィンソン・ダイナミクス
戦術:クローク
プライマリ:スピットファイア
サブ:RE-45
アンチタイタン:サンダーボルト
タイタン:イオン級
元ミリシアということで周りに酷い扱いを受けるマシューの唯一の理解者。子供舌。