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Episode 3-2

捕食者

俺とサクラが先に降下したエドたちと合流したと同時に、アシェルから無線が入る。
『お、聞こえてるかな?いっちょここはブリスクの真似でも……』
「そういうのはいいから。今の状況は」
初めて自分が上に残ってオペレーターをしているからか、何となくアシェルの声色からもワクワクしているような様子が伝わる。
『はいはい、向こうも今は様子見みたい。でもこっちの降下にも気付いてるだろうから特にクロークを使った奇襲に気をつけて。あまり離れなければ自由に動いても良さそうだよ』
アシェルの忠告を受け、耳を澄ませるが特にそういった足音などはしないようだ。すると、突然不明な電波信号をキャッチする。しかしこの信号は俺はよく知っている……。
「同業者かよ……」
ソナーパルスだ。俺の呟きを聞いたエドが発信源を特定し、ナイフをへし折る。
外から飛んできたのはわかるが、大体の方向がわかるだけで敵がどの程度の距離にいるのかは分からない。俺はその場でパルスブレードを地面に突き刺すが、HUDに浮び上がる像は見た感じ全て敵の歩兵らしい姿ばかりだった。
「近くではないな。でも場所がばれた以上みんなで固まっているわけにはいかない、散ろう。敵の数が多い時にはすぐに応援を呼べ。まずその状況に陥らないようにマップをよく確認してテディが炙り出した敵も把握する」
テキパキとエドが指示を出していく。こういうとこはちゃんと頭が回るんだよなぁこいつは。皆頷き、散り散りになっていく。俺もとりあえず建物の間を壁を蹴って登り、ある程度高さが怖くない位置をとる。ちらほら敵の姿やジャンプキットの軌跡が目につくが、この距離でサブマシンガンは当たらないし敵に居場所を教えるだけだ。遠距離用の武器を持っている相手に詰め寄って奇襲させて頂こう。
近い位置にパルスブレードを投げ、敵パイロットらしき影が見当たらないのを確認しつつ、壁を伝って走り抜ける。そしてスピードをつけたあと壁を蹴り、地面を滑りながら歩兵を数人撃ち抜いた。歩兵たちはこちらに照準を向けようとするも、車と同じくらいのスピードで地面を滑るこちらに追いつくはずもなくただただ無抵抗で倒される。
「訓練サボってても一応パイロットはパイロットなんでね……!」
歩兵たちの弾薬でも物色しようと歩いて近づくとそっと誰かに後をつけられてる気がする。振り返ってその気配の正体を掴む。
「ほお、よく気がついたな」
相手が手を振りほどく。相手も俺と同じヘルメットを被った相手。さっきのパルスブレードを投げてきた奴だ。
相手は何かをコロンと足元に投げ、飛び退く。その何かとは確認するまでもない
(グレネード……!)
爆発に備え後ろに転がりつつ腕で頭をガードする。しかし、既に詰めてきた敵が爆風の土煙の中から壁を走って飛び出してくる。しかしその動きはある程度想定済みだ。壁に向けて発砲するが相手の速度も速い。一発も当たることなく相手は地面に着地し、そこを狙おうと引き金を引くが、カチッと鳴るだけで弾は出ない。
(やっべ、弾切れ……!)
こんな遮蔽のない場所でリロードなど歩兵どころかチンパンジーでもしない。俺は即座に近くにあったドラム缶を蹴り倒し、簡易的な遮蔽をつくる。パイロットにとって中身が入ったドラム缶を蹴り倒すことなど造作もない。
……ん?今中身が入ってたか?倒したドラム缶の中ではまだ何かの液体が波打っているようであり、本能的な嫌な予感が体中を這うような感覚に襲われ、マガジンの交換を終えてすぐに後退する。
俺の姿を捉えた敵はすぐさま発砲するが……嫌な予感的中。弾薬が貫いたドラム缶には可燃性のおそらく燃料が満タンに入っており、辺りは炎に包まれた。少し後退しただけではパイロットスーツを通しても熱く、体を晒してでも高所に避難するが、既に敵も後退したようだった。
「クソ……逃がしたか!?」
熱さに耐えながらまだ隠れているかもしれないと思い、パルスブレードを投げてみるがHUDに表示される人影はない。完全にお互い射程外まで引いたようだ。
しかしこうなったことに俺は少し安堵していた。まだ心のどこかで敵を"殺す"ことを躊躇している。しかしあの間合いに入ってしまったらああやってお互い引く事態にならない限りどちらかが死ななければならない。 ──早く終われ。いつもなら誰よりも好成績をあげようと無理にでも身を投げ出していたほどなのに、今日はこうして物陰に小さくなって祈ることしか出来なかった。

エドは高台に身を潜めながらこっそりとテディの様子を伺っていた。
こちらから敵を狙うべきか──迷っていたが、交戦距離が近すぎて誤ってテディを撃ってしまうかもしれない…と思い、スコープから目を離す。どうやら距離が開きすぎてお互い引き下がったようだ。
「…!」
再び上空から様子を伺おうとすると、冷たい物が首筋にぴとりと当たる。
「…よう。さっき上から見てたよな?いいご身分だな」
ただのナイフではなかった。
(パルスブレード……!こいつさっきの、見てたのバレてやがったのか…)
両手を後ろで掴まれ、銃もとれない状況になってしまった。どうするか…。味方を高所から守るつもりが完全に孤立してしまっていた。この様子に気付く仲間も居そうにない。
「残念だったな。こんなナイフ飾りに過ぎない。全ては肉眼で見ようとすれば見えるのさ。さ、仲間に最後の通信でもしてあげたらどう?」
そう言って敵はぐっとエドの喉元に刃をくい込ませる。あとは引くだけで……考えたくもない。
(しかしこいつ…よく喋るな……さらに自分の観察眼の自慢なんてな……)
何とか突破口は無いものか…彼の話を右から左へほぼ聞き流しながらエドは考える。するとエドの両腕を掴む彼の手の力が僅かに抜ける。
「よく喋るせいで自慢の観察眼が曇っちゃったねぇ。私のことは見えなかったのかな?」
彼の力が緩んだところを突いて喉元の拘束を解いて振り返ると既につい先程のエドと同じような状況に差せられていた彼の首からは既に血が吹き出していた。
「普段はパルスで炙り出されるのが怖いのになんか逆だったなぁ。るどくん、大丈夫?」
体を覆う獣のような毛皮の血を拭いながら救世主は言った。
「ああ、大丈夫だ。ありがとうさくら。よく俺が拘束されていることに気付いたな」
「なんだかんだパルスって天敵だしね……よく目で追っちゃったり。でもるどくんに近付いてるって教えてくれたのは先輩。るどくんよりずっと上から見てるからね」
さくらが空を指さす。そういえばアシェルは今日はオペレーター役とか言っていたか……。
「さてさて、私はそろそろタイタンの建造が終わる頃だしひと暴れしてきます!」
そう言ってさくらは下の開けた場所へと降りていく。
「じゃあ一番乗り失礼しまーす!先輩もコールよろしくね!タイタンフォールスタンバイ!」
『おいおい全部さくらが言っちゃうのかよ!!スタンバイ!』
若干遅れ気味にアシェルのツッコミが返ってきた。

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空にまるで隕石のような物体を目視する。
「来た来た。今日もサクラの大暴れ一番乗りだな」
先程の爆発から逃れてきた俺は行き先でちょうどアリスとリーリヤたちに合流した。
「へっへ〜!せんぱいコレかっこよくないですか!?」
唐突にリーリヤから目の前に1本の武器を差し出される。それは通常の武器とは比にならないほどが素材やら塗装やらが良い贅沢品、いわゆるエリート武器というやつだ。武器種はLスターらしい(俺は詳しくないが見た目がかっこいいだけで性能差すらないらしい)。倒した敵の武器を拾っていくこともまあまあ例外でもなくよくあることで。
「いいのかよ、いつものスピファじゃなくて」
「だってせんぱい私がスピファ持ってたら嫌そうな顔するじゃないですか」
いやするけど。スピファことスピットファイアはしっかりと狙いを定めないと暴れ馬になるがちゃんと狙いをつければかなりの距離をカバー出来る。実際俺たちはセカンダリといってサブの武器を一丁持っているのだから正直腰だめ撃ちが弱かろうが大して痛手でもない。弾の出る速度は遅いが、その前にこちらも射撃に気付いてからでは遅い。
この武器に特別何か恨みがあるわけでも無いが、タイフォンでARESの下について色々してた時俺の負傷でタイフォンから撤退する事になった。結局早く撤退したおかげで星の爆発に巻き込まれずには済んだわけだが、その時に撃たれたのがスピットファイアの弾だ。独特な射撃音が今でも耳が覚えている。
そうこう話しているうちにこちらもタイタンフォールの準備が整ったようだ。サクラ1人に戦わせる訳にはいかない。
「アシェル、タイタンを要請する。しょうがないから今度こそコールさせてやる」
『テディ〜!!お前ってやっぱり優しい後輩だね〜!!任せておいて。タイタンフォールスタンバイ!』
アシェルのコールに合わせて空を見上げる。それから数秒もしないうちに少し離れた開けた場所に大きな地面の縦揺れと共に巨大な鉄の塊が降る。
「リーリヤ、お前アシェルのお下がりのリージョンさんとは仲良くなれたか?」
元々アシェルがリージョンに乗っていたが、アシェルは今リンダの遺品とも言える彼女のモナークに乗っている。アシェルは元のリージョンの事もとても大切に扱っていたので金に困っていたリーリヤにとってもお下がりの方が都合が良かったはずだ。
「仲良くというか……まだビジネスパートナーみたいな感じは抜けませんけどね。アシェルせんぱいのヒヨっ子だった頃の話とか聞けて楽しいですよ!」
「羨ましいなぁ」
直後落下してきたタイタンに既に乗り込もうとしていたアリスがコックピットから顔を出して言う。アリスは一応ヴィンソンの奴らに面識があるシミュラクラムなので彼女の体はサイズが特注らしい。俺みたいな男が軽量級に乗っているからか分からないが、トーンのコックピットに収まる彼女はとても小さく見える。
リーリヤも「お願いします」とリージョンの前で一礼し、乗り込む(こいつも重量級にこの体格なので広そうに見える)。
「…よし、行くか。ポラリス」
声をかけると俺のノーススターは重たい動きでこちらにタイタンの目とも言えるカメラアイを向ける。
『お帰りなさい、パイロット』
ただ機械的に挨拶を交わしてポラリスの手を足場に借りながら乗り込む。ニューラルリンクを繋いで…視覚システムをオンにして。数メートルの高さの視界が脳に情報として流れ込んでくる。これで俺はポラリスと視界すらも共有している。
『いっちょ暴れますか!』
アリスの号令に合わせて1歩踏み出す。これだけですごい地響きだ。味方の歩兵がこちらを見上げ憧れの視線を向ける。歩兵もパイロットと共闘する戦場に出られるのは歩兵の中でもエリートだ。相手にもパイロットがいるのだから、4人で小隊を組んでパイロットをある程度"足止め"できるような人材でないとなれない。
俺はかつてその位置にすら行けないエリート以下の歩兵だった。訓練はやる気が出ず、普通の歩兵より少し優れている程度だった俺は記念受験のつもりで一連の訓練が終わったら一般人として普通に生活する気でいた。
このノーススターと出会うまでは。

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3年前、まだフロンティア戦争がもう少し大人しかった頃。俺がエド、サクラ、アリスと出会ったのはまだパイロット候補生の時だった。
「まさかね…長期のサバイバル訓練ってものがいまだに存在してるとは思ってなかったよ…」
肩より少し長いくらいの髪を一つにまとめながらサクラが呟く。長期のサバイバル訓練といえば昔からエリート中のエリートを育てる訓練としてはよく用いられてきた。しかしその内容は厳しく、食料は自分たちで確保しなければならないし、ここはほぼ人の手が入っていない無人島のようなものだ。正直ドロップシップの着陸地点しか人の手が加えられていない。つまり原生生物が嫌というほどいる。フロンティア全域に生息している原生生物と言えばプラウラーやフライヤー辺りだろうか。それはそれは太古人間が生まれる前に地球にいた恐竜のようなフォルムをしている。俺は他の動物やら魚やら実やらで生きていく気でいたが、どうやらこの世にはこいつらを焼いて食べるような変態もいるらしい。
「私たちって知り合って何週間だっけ?」
「3週間……?」
「でもありすちゃんって元々パイロットなんでしょ?しばらく戦場を離れてたから感覚を取り戻すために訓練に参加してるんだとか」
「上司に言われたからやってるだけだよ。出来るんだったらこんな訓練二度とやりたくなかったし……」
「復帰パイロットが言うんだから相当ってことかぁ……」
女子たちが既に仲良くなっているようで隣に座って焚き火を囲んでいる。
逆に俺の隣に座っているのはヨーロッパの……特にラテン系の彫りが深い顔をしている男だ。名前はエドアルド・スカルファロット。ちょうどメンバーは俺を含めて男2、女2で同じ男として話くらいは合うかと思っていたが、どうやら筋金入りの箱入り息子らしく、本人は全くその気は無いのだろうが何かと貧乏暮らしなどしたことがないようで鼻につく。
「……」
今だって女子らが盛り上がっているのに対してこいつは無言だ。女子らは完全に趣味やら好みのタイプやらの話に突入しており、こいつのことを放って置いて向こうの会話に入れるような空気ではない。
「……おい、エドアルド」
俺は前方から飛んでくる明るい空気に耐えかねエドアルドに話しかける。
「なんだ?テディ」
「その愛称で呼ぶなっつったろ…」
俺エドワードとエドアルド、国籍上発音は違うが名前は同じEdwardだ。アリスが無線での聞き間違えを考慮して愛称をつけてくれたがべつに俺は了承していない。
「じゃあなんて呼んだらいいんだ?」
エドアルドが頭を搔く。
「ボールドウィンでいいだろ。てか普通ファーストネームじゃなくてファミリーネームで呼ぶだろうが」
俺は眉間にしわを寄せエドアルドを睨んだ後焚き火に視線を向ける。
「お前、なんか好きな食べもんとかあんのか」
会話になれば何でも良かった。しかし簡単な質問のはずなのにエドアルドは顎に手を当て考え込んでしまった。
「……そんなに悩む事かよ」
横目でエドアルドを見る。
「特に1番好きというものは無いが、イタリア生まれだからな。パスタとピザが好きだ」
ピザ。俺の大好物の名前が出てきた。つい肩がぴくりと反応してしまい、エドアルドは俺の顔を覗き込むように言った。
「ピザ、お前も好きなのか?」
焚き火に照らされた瞳に俺の顔が映る。
「好きだったら……何?」
じっと見つめられ気圧された俺は反射的に目を逸らす。
「いや、エンジェルシティに美味いピザの店があるんだ。良かったら食べに行かないか」
普段の訓練中の声とは違って少し柔らかい声だった。初めて世間話をしたが、こいつってこんな声出せたのか。もっと堅くて話しにくい奴かと思っていたが、金持ちの家を出てからはエンジェルシティのような下町にも顔を出すらしい。
「…奢りならいいぞ。金欠だし」
一緒に食いに行くのは不本意だったが、美味いピザ屋はとことん抑えておきたいという気持ちもあった。しかし俺はつい数年前に元嫁の両親に浮気がばれて義父に鼻の骨が折れるほど殴られて追い出された慰謝料がある。元嫁本人はと言うとあいつもまあまあ変わってて何回俺が浮気しても家族に報告することもなく、別れさせることも無くただ毎回許してくれる奴だった。その時も元嫁にはとっくに浮気のことはバレていたが、義両親にバレなければいつも通り俺が遊びに飽きるまで放っておいてくれるつもりだったのだろう。そんなこんなで外食をする金などこれっぽっちもないのだ。
しかしエドアルドは二つ返事で「別にいいぞ」と言った。
「なんで…お前も家から出てきたんだろ?」
「出てきたとは言っても……まだ一応家族とは繋がってるんだ。ちょっと下手をこいてしまって…、表向きには家を出たことになってるが家族との仲が悪いわけじゃない。むしろ今まで飯を食いながら話せる友人なんて居なかったから…奢るから付き合って欲しいくらいだ」
まぁ薄々気付いてはいたが金持ち故今まで友人と呼べる友人が居なかったらしい。だからといって俺がこんなお堅い奴の友人になる気は無いが、話に付き合うだけでタダでピザが食えるのは美味しい話であることには変わりない。
「…しょうがねぇな。1食だけだぞ」
適当にこう言っておいて美味かったらまた話に付き合う体でピザを奢らせればいいだろう。
「そうか。良かった」
分かりやすくエドアルドの声のトーンが上がる。意外とこいつの心掴むのって簡単なのかもな……。仲良くすることは別に望んでないが、ある程度距離を縮めておけばまたこうして奢ってくれるかもしれない。

それから特に誰かが怪我をすることもなく(食料には困ったが)長期訓練はそろそろ終わりを迎えようとしていた。
この島は数ヶ月あっても漁りきれないほど広く、俺たちの知らない場所は多分まだあと半分以上はあるだろう。というか、多分隅々まで探索するには数日かけないと拠点に帰ることが出来ない。
「……おかしいな」
しかし、俺はちょうど今見たことの無い場所にいる。当たりを見回しても木々ばかりでフライヤーの鳴き声もするため迂闊に声も出せない。仕方ないので何かにもし遭遇した時のために2つほど手頃な石を拾って歩き出す。一応サボりがちではあるがパイロットになるために鍛え上げられた体なので拳ひとつで人間の内臓を破裂させる事くらい造作も無かったりする。そのためこの鍛えた肩で投げられる石も弾丸が如く飛ぶ。
同じような景色をひたすら真っ直ぐ歩いていると、とある広場に出た。足元でガラ、と音がしたので見てみると砂を被った銃が落ちているようだった。
(無人島…と言っても昔は戦場になったりしてたのか)
銃が使えるなら都合がいい。弾があったら半ば強引に原生生物たちを倒しながら帰ることが出来る。アシェルには特に拾ったもので使ってはいけないものはないと言った。足元を見ながら歩くと案外まだ使えそうな弾丸や火薬がポロポロ落ちていた。
(ここで先頭があったの数年前とかそんなに昔でもないな……)
考え事をして歩いていると、爪先に何かが固いものがコツンとあたる。足の先を見てみると、鉄の塊のようだった。
(また銃でも落ちてたか…?)
しかしそれは銃の形ではなかった。まるで人間の手のような形をしているが指は4本しかなくて……。その先には関節のようなものがあり、さっきまで下を向いて歩いていたため気付かなかったが大きな球体のような塊が腕らしき鉄塊の先に付いていた。その全体大きさはゆうに6~7メートル。今は木に凭れるように座った体制をとっているが、それでも中央の大きな球体のパーツは俺が簡単に中に収まってしまえるサイズだ。
この巨大な人間とも言えるものを俺は知っている。
「タイタン……」
俺が目指す親父と同じパイロットという職業はこの巨大なロボットに乗る者という意味を持っている。タイタンに乗るにも自動車と同じように資格が分かれていて、その巨大な体とパワーを駆使して物資を運ぶような民生用のタイタンに乗るパイロットもいる。しかし俺が目指す親父と同じパイロットはこのロボットに乗って戦う。パイロットは歩兵よりずっとずっとエリートがなれる存在で、生身であればこの巨体相手に潰されるしかないと思いきやパイロットならタイタンに対して多少劣るがほぼ互角の戦いをする。他にも腰に着けたジャンプキットで壁を走ったり長距離の飛翔が可能になったりするが、やはりメインの戦い方といえばパイロットがタイタンに搭乗することだろう。
俺は恐る恐る近づいてその機体に触れてみる。すると、苔におおわれたメインカメラが淡い光を放ち、こちらの存在を認識したかのように俺を見る。
『ノーススターシステム、オンライン。……おかえりなさい、パイロット』
突然機会を通した女性の声が響き、俺は1歩後ずさる。
「ぱ、パイロット…?俺パイロットなんかじゃ……」
慌てて辺りを見渡すも、俺の仲間が近くにいるわけでも、知らない人間がいる訳でもなかった。何より、そのメインカメラでガッツリ俺の姿を捉えている。
『多数の生体反応を検知。プラウラー、フライヤー…ここは危険です。ただちに離れることを推奨します』
俺はハッとして辺りを見回す。そういえばさっきから何か獣の気配を感じる。
『距離、5メートルにまだ使用可能なエネルギー源を検知。南南東の方向です』
タイタンの示す方向を見ると、銃と同じく砂を被った大きな乾電池のような物体がごろんと転がっていた。近づいて持ち上げると見た目以上に重く、並大抵の人間では持ち上げることが出来ないだろう。
一応鍛えられている俺はその棒をタイタンのところまで持っていく。
『機体上部に挿入口があります。持ち手を上に挿入し、時計回りに固定されるまで回してください』
指示されたとおりに機体の上にあいた同じ幅の穴に電池を挿入する。回すとがちゃんと固定され、淡い光を放つ。
『ありがとうございます。今はここから離れましょう。この付近の地図はデータ化されています。搭乗を』
重い音を立ててタイタンが立ち上がる。想像を遥か超えて大きい。古いアトラクションのような錆びた音を上げて中央部分の一部が開かれる。その中には椅子がひとつと周りに細かな機械が取り付けられている。パイロットがタイタンとリンクを繋ぐ、タイタン搭乗時の要となるコックピットだ。
俺が戸惑っているとタイタンは俺の前に膝をつき、乗りやすいように手を足場のように構える。俺は恐る恐るその手に足を乗せるとそのまま体を掴まれ、コックピットに座らされた。多少太っている自覚はあるが、サイズ自体は小柄な俺にはぴったりだった。
ふたたびハッチが閉じ、真っ暗になってしまった視界に思わず首を回す。
『……パイロットとリンクせよ、ニューラルリンクを接続します』
特に体に何かされたわけではないが、誰かに頭の中に侵入されているような感覚に吐き気を覚える。立ち上がろうと体を攀じるが、思ったようにいかない。耐えかね講義の声をあげようとすると、視界が急に明るくなる。
『接続完了。視覚システムを起動します』
「うわ、なんだこれ!」
目の前に拡がった景色は確かにこいつに乗って見えるような景色だったが、外が見えているのではなく、"俺が見ている"。
『普段自分が歩いているような感覚で進んでください』
「む、難しいこと言うなよ……」
しかし歩くことにそう時間は要しなかった。本当に自分が歩くような感覚で歩くことができる。
「そういえば俺……道に迷ってんだった……。仲間3人のところに帰りたいんだ。周辺の地図は分かるって言ったよな?そこなら安全なことは分かる。……何とかして帰れないかな」
もうこいつに頼るしかなかった。タイタンだったら最悪歩き回っていれば数日でこの島は回りきれるかもしれない。さっきのバッテリーがどれほどもつものかは分からないが。
『……承知。楽にしていてください』
「……?」
楽に?……疑問に思っていると、急に体に重いGがかかる。
「うわ!?」
思わず目を瞑ってしまったが、開けるとそこは島の大きな木々の高さを遥かに超えて──空だった。視界の先には俺たちが長い間ここでサバイバル生活をするためにわざわざ木々を(蹴り)倒して作った広場も見えた。
「み、見えた、見えたけど!!降りて!!俺高いとこ苦手!!!」
『……分かりました』
今度はふっと体が浮いたような感覚がした。待って、確か機体って何トンもあるんじゃ……。また抗議する前に今度は突き上げるような衝撃に襲われる。
『高所は苦手ですか』
「そうだよ……!てかそんな雑に降りるなよ……!」
『……覚えておきます』
「とりあえず拠点が見えたあっちの方向に向けて歩いてくれ」
俺はさっき上空から見えた拠点の方角を指さす。
『承知しました』
1歩歩く毎にまるで象が歩くような轟音と揺れ。あと非常に背が高い。
「あー…酔いそうだから降りて隣歩いてもいい?」

「って、まさかテディがこんなでっかいお土産持って帰ってくるとは思わなかったなぁ…」
訓練期間を終え、迎えに来たアシェルがノーススターを見上げて言った。
「どうも、俺は一応この子達の先輩で現役パイロットのアシェル・ウォーカーだ。……君のパイロットはどこへ行った?」
アシェルが挨拶代わりに拳を上げるとノーススターも拳を上げ、コツンと拳を合わせる。
『……彼は瀕死でした。何とか歩けましたが、処置を急がないと死んでしまうような深手を負っていました。それに敵の追っ手もすぐそこまで来ていました。私は止めましたが彼は私とのリンクを切ってどこかへ行ってしまいました。それから追っ手は来ましたが、私もこの通り半分動けないような状態でこの狭い島に母艦が降りることも出来ないため鹵獲されることなく放置されていました』
俺はなんとなく理解してしまう。タイタンにはパイロットを護る責務がある。しかしリンクを切ってしまえばもうなんの繋がりもない、ただのパイロット1人とタイタン1機だ。パイロットはこのまま逃げ回っていても自分は助からないし、ノーススターもそんな自分を守って苦しい戦いを続けることになる。そう分かっていたからこそ置いていったのだろう。
それを多分、ノーススターも理解しているはずだ。
「うーん…」アシェルが唸る。「そういうことかぁ。つまり君には今専属のパイロットはいなくなってしまったわけだね?」
『ボールドウィンを送り届ける際臨時でリンクを接続しましたが、特に指令も受けていないためそういうことになります』
またアシェルは腕を組んで俯いてしまう。そして数秒、何を思いついたか突然顔を上げて俺の方を見る。
「そうだ、テディがそのままリンク繋いでてあげなよ」
「は!?」
想定外のさらに外を行く提案に思わず声が裏返ってしまった。
「だ、だって俺まだパイロットじゃないぞ?」
「乗らなきゃ多分怒られないから大丈夫だよ。マーヴィンだって整備ができるんだから一緒にいてあげるくらい。それに元々パイロットを乗せてたタイタンならいっぱい訓練でアドバイス貰えると思うよ」
でも……と俺は視線を落とすが、アシェルは続ける。
「テディ、お金ないんでしょ?初期からタイタンをカスタムするとなると滅茶苦茶お金がかかるよ?」
「うっ……」
アシェルの言葉がぐさりと刺さる。
「で、でも!ちゃんとした命令でもないんだからこいつが嫌だって言ったらダメだろ!?」
俺はノーススターのことを指さす。アシェルに向かって跪いていた彼女のカメラアイがこちらを向く。
『ボールドウィンの現在の戦闘評価は反射速度、筋肉量どちらもパイロットの基準に適していません』
「え……?」
突然の酷評に俺の思考が停止する。
『ウォーカー、そちらの3名もパイロット候補ですか?』
ノーススターが今度はエドアルドたちを見る。それに対してアシェルが答える。
「ああ、そこの男女は候補だけど、シミュラクラムの方はパイロットで、しばらく戦場を離れてたから自主的に訓練に参加中だよ。……それがどうかしたのかな?」
『彼ら3人は十分戦場でパイロットとしてタイタンを相手にしたり搭乗したりする能力が備わっているように見えます。しかし彼は……』
また視線がこちらに帰ってくる。
『少なくともこのままでは彼ら同期と一緒にパイロットになることは出来ないでしょう』
その言葉を聞いてサクラの背筋がピンと伸びる。しかしそれ以外に特に反応を見せる者はいない。それは俺もだった。さっきは突然ボロクソに言われて驚いたが、内容に驚いた訳ではない。
「分かってるよ……俺が1番……」
ついぽつりと口からこぼれてしまう。
「途中までは真面目にやるつもりだった。でも無理だなって途中で思った。訓練も厳しいし、親父に憧れてなりたかっただけだし。大変な思いするくらいならもう辞めようかなって……」
何度もサボって叱られをしていたが、実際皆の前で辞めたいと言ったのは初めてだった。
『…分かりました。私がボールドウィンをパイロットにしましょう』
「…は?」
『彼がなれなかったら私の事は廃棄なり他のタイタンのスペアパーツなり、好きにしてください』
「ちょ、ちょっと……」黙らせようとするも、口のないものなので何をすれば静かになるのか分からない。
『貴方は今まで訓練が辛いと感じるまで頑張ってきたのでしょう。その期間で成長を感じられていなくとも、少しは成長しているはずです。私はその頑張りを数値化することが出来ます。確実に成長していることが分かればやる気も続くはずです。頑張りましょう』
俺の前にノーススターの手が差し出される。これを取るかどうかで俺の人生が決まるだろう。辺りを見回すがアシェルもエドアルドたちも黙っているも、決して目を逸らさない。
親にも勘当されて嫁も友人も失ってこれからどう生きるのか、少しずつ金を返してこの友人たちと共に戦っていくのか──。考えるまでもなく、答えは決まった。
「……分かったよ。これからよろしく、ノーススター」
俺はその巨大な手のひらに両手を重ねる。

𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄

その後、俺はあと一歩のところでフルコンバット認証には届かなかった。しかし、その時もポラリスが上に掛け合ってくれた。親父が名高きパイロットであり、信用を置けること。何より自分が俺以外と組む気はないので俺がパイロットになれないのなら自分を廃棄して欲しいと言ったこと。おかげで訓練に延長期間を設けてもらい、無事に俺は一端のパイロットになれた。
初めの頃は拭いきれなかったニューラルリンク接続の気持ち悪さももう慣れてしまった。少しくらい高くに飛ぶのも同様に彼女に守られていると信頼し切っているからこそ少し克服ができた。
『複数のタイタンフォールを検知。相手も数に対抗してきているようです。囲まれる可能性あり、味方タイタンと離れないことを推奨』
「わぁってら」
敵タイタンの数を探るついでに周りに居る生身の敵も把握しておきたい。
「アリス!」
『了解、どこに隠れてても炙り出してあげる!』
アリスのトーンがソナーパルスを放つ。歩兵が1人屋内にタイタンを見て避難したようだ。
「甘いなぁ。ぺーぺーの兵士は…」
俺は建物の格子状の窓目掛けてクラスターミサイルを放つ。線香花火のように飛び散る小型爆弾で慌てて歩兵が飛び出してきた。
「ポラリス、アシストしてくれ。主にエイムの方をな!」
『了解』
プラズマレールガンの引き金に指を添えて飛び出した歩兵をめがけて撃つ。敵を狙って撃つことが苦手な俺にポラリスがリンクを通じてアシストする。逃げ惑う背中にもろに弾を受けた歩兵は致命傷どころか被弾した上半身は木っ端微塵に、下半身のみになってその場に倒れた。
「相変わらずエグい銃だな、これ」
いつまで経っても慣れない殺しの感覚に今の俺はまさに苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。さっさとその場をあとにしたくて先にクリアリングを進めて自陣のセーフゾーンを広げていたアリスとリーリヤに追いつく。
「テディせんぱい、さくらせんぱいには十分暴れてもらってますがそろそろ損傷が大きいため中位置に下がって貰おうと思います。アレ持ってますか?」
リーリヤの言うアレというのは緊急バッテリーの事だろう。パイロットは皆何かしらブーストという切り札のようなアイテムを持っているが、装甲が薄い軽量級タイタンに乗る俺たちにとってバッテリーを余分に持っておくのは長く立ち回る為の判断の1つだ。もっとも俺は1番後ろに陣取っているものなのであまり使うこともないが、こうして味方に分け合えるのも利点のひとつだ。
「いい汗かいちゃった!運動の汗も冷汗もね〜」
余裕綽々と帰ってきたサクラだが結構あちこちから煙が出ていたり酷使してないかそれ……?
「少しはローニンの奴を労わってやれよ」
俺はハッチを開け、サクラに向かってバッテリーを投げる。
「ごめんごめん。でもまだ行けるよね?頑張ろう」
『勿論です』
同じくハッチからバッテリーを受け取ったサクラはローニンにバッテリーを挿してまた戻る。こんな雑な受け渡し方するのは未だに高いところが苦手な俺を思って皆が協力してくれるから。自分のタイタンならまだしも他人のタイタンの上に乗るのは不安定だし、ちょっとまだ怖い。
サクラが俺に手を振ってハッチを閉じようとした瞬間、銃声が鳴った。しかしこの銃声はタイタン用の武器程の音ではない。となると……
「さくら!」
アリスが振り返った先でサクラはハッチを半分閉ざしたまま肩を抑えていた。
「肩を撃たれただけ!私は大丈夫だから、皆は行って!」
サクラの肩からは大丈夫という言葉とは裏腹に血が流れているが、致命傷では無さそうだ。しかし彼女の肩に羽織った毛皮の染みは広がり続けており、あまり戦闘に時間をかけていられないことが分かる。
「でも……」
リーリヤのリージョンがその巨体を左右に振り、迷っている様子が見て取れる。
「この周辺の確保はアシェルに任せよう。エド、聞こえるか!?」
多分相変わらず高台に陣取っているであろうエドに俺は無線を飛ばす。
『ああ、聞こえる。どうした?』
若干風の音によるノイズが走っており、俺の想像は間違っていなかったようだ。
「サクラが肩を撃たれた。多分動けないからエドも参戦してくれ。……どうせ見てたんだろ?」
一呼吸おいて『見てた』と返ってくる。
『悪い、すぐ向かおうとしたんだが狙撃手の位置を探ってた。けど遠くない。あの射撃音はG2だ。SW』
無線を聞いていたアリスが「遠くないのね。じゃあ任せて」とエドが言った方角にソナーを放つ。しかし、ソナーの検知する範囲に人影は無い。
「クソ……逃げ足の早え奴……」
辺りを見回すついでに空を見上げると何かがキラリと光った気がした。それはこちらを目掛けて……
「あいつタイタン落とした!」
空に見えた光はタイタンだった。そこまで遠くない地面に落ち、俺たちは土煙立つ場所に向かう。
『思った以上に集まって驚いたな……』
土煙の中の声が言う。だんだん晴れてきた土煙の中から相手の姿が顕になる。
『お前らは俺を追ってきたつもりだろうが、逆だ。お前らはまんまと敵地の中心にやってきた』
声の主はイオン。そして背後から2つの足音が近付いてくる。奴の言っている意味を理解する。
「いつの間にか囲まれてた……ってこと」
リーリヤの声に緊張の色が混じる。もう2体はローニンとスコーチ。完全に外側3方向から囲まれ、俺たちに逃げ場がない状況だった。相手が1歩進むごとにこちらが半歩下がる。そして完全に俺たちは背中が互いにぶつかるほど追い詰められる。
「……これ、どうするよ?」
「考えてますよぉ!せんぱいこそなんかいい案ないんですか!?」
「……私も今考え中〜……」
全員打開策が思い浮かばない。敵3機が同時に武器を構える。多少の損傷は覚悟で一旦この包囲から逃れるか……!
覚悟を決めたところで突然、敵機らの上にミサイルが注いだ。
『何っ……!』
敵も味方も見る先、そこには
「うちのかわいい後輩たちをいじめるとは、いい度胸してるよねほんと……!!」
鮮やかな緑色のモナークがミサイルポッドを開いて立っている。そのコックピットの中で愛銃の引き金に人差し指をかけてくるくると回している彼は……
「アシェル……!」
「うちのかわいいの怖がらせちゃって、さくらのことも撃って、許せるわけないよねぇ?」
愛銃SA-3モザンビークをホルスターに収め、ハッチを閉じる。
『1人増えたところで変わらねぇよ!やるぞお前ら!』
敵イオンがスプリッターライフルを構える。しかしアシェルは近くにあった瓦礫を掴み、自身の盾にする。そして敵イオンに距離を詰め、手に持ったその瓦礫で敵イオンを殴打する。火花が散り、敵イオンが衝撃で体勢を崩した隙に腕を掴み、背負い投げで敵イオンを背中から地面に叩き落とし、モナークは体を即座に翻し馬乗りのような状態になる。
そこまで唖然としていた敵の残り2機がアシェルのモナークに武器を向ける。
「邪魔させるかぁ!!」
その間にリーリヤが割り込み、ガンシールドを展開し無理やり敵の横槍を叩き落とす。俺もその隙間にクラスターミサイルを撃ち込み、敵をこれ以上こちらに近付けさせない。距離を詰められなくなった敵ローニンは、ガードに徹するしかなく、体の前で剣を構えている。
『早く起きろ!援護する!』
一方の敵スコーチがテルミットランチャーを構え、無理やり敵イオンとアシェルの付近を狙い、邪魔を入れようとする。しかしその時既に俺のプラズマレールガンはチャージ済みだった。大きな反動と共に放たれた俺のレールガンは、敵スコーチに直撃しテルミットは明後日の方向へと飛んでいく。
『クソが!!退きやがれ!!』
アシェルのモナークに組み伏せられていた敵イオンがレーザーショットを放つ。直撃は避けたものの、モナークの片方のミサイルポッドが吹き飛ぶ。
「……!」
モナークの動きが一瞬止まる。
「あ〜……あれはやっちまいましたね…」
「アシェルの大事な……」
俺とアリスは奴のこの後になんとなく想像がついた。リーリヤだけが不思議そうにアシェル、俺、アリスを順番にキョロキョロ見回している。
「リンダの……」
雑音で途切れ途切れの無線から微かにアシェルのか細い声が届く。モナークが敵イオンのハッチを開け、掴む。体ごとひっくり返されそうなその力強さに怯え、敵イオンはモナークに対し脇にパンチを入れるが、思うように体が勢いづけられないからかモナークを退けられるようなパンチを出せない
『クソ!クソ離せっ!』
敵イオンのパイロットが半分悲鳴のような声で叫ぶ。直後、バキンとハッチのロックが外れ、そのままハッチが投げ飛ばされる。パイロットの姿が顕になるが、彼もただ自分に覆い被さる巨大な体を見つめることしか出来ない。モナークは彼の体を掴み、ひと思いに握り潰す。容赦ないその光景はあまりに酷く、俺は目を瞑った。
『アイツ…!やりやがったな!』
敵スコーチが歩み出る。しかし、その間に割り込んでいたリーリヤがそれを許さない。
『邪魔をするな!女パイロットが……!』
「タイタンを前にしてそれ関係ある?性別でしか人を見れない男パイロットが……♡」
リーリヤが甘い声で囁く。しかしそれにつく効果音は"きゃぴ"でも"きゅるん"でもなく重々しいプレデターキャノンの充填音だった。
「追い詰めたのは失敗でしたね……!」
プレデターキャノンの銃身が回転し、秒間何発という弾が発射される。敵スコーチはヒートシールドを張り、じりじり後退する。相手にはこちらを追い詰めたお陰で遮蔽物がない。しかし相手が一方的な攻撃を許すはずもなく、リーリヤのリージョンへ間合いを詰めた敵ローニンがリージョンに対し切りかかる。
リージョンはその斬撃を銃身で受け止めるが、フリーになった敵スコーチが殴りかかる。
「いっ…………たぁ!!」
リーリヤのリージョンがよろける。
「リーリヤ!」
すぐさまアリスが援護に入る。既に2対2の状況の外から俺はプラズマレールガンをチャージして狙いを定める。アシェルのモナークも先程の損傷箇所が黒煙を上げており、なかなか近付けない状況だ。
すると、突然照準の先から敵ローニンが消える。そして次に目視した時には、俺の目の前に──。
「やべ…!」
続いてアークウェーブを食らい、視界にノイズが走る。
『ソードコア……』
(こいつ……!溜まってやがったのか!)
相手のブロードソードが光る──直前。
バキンッ!
鈍い音が鳴る。そこには相手の視界を遮るように前面上方に張り付く人間。
「エド!」
エドは敵ローニンの剥き出しの関節部にナイフを突き刺して振り落とそうとする上体から離れない。そして振り落とそうとするのを辞め、無理矢理エドの体を掴んで離そうとした瞬間、更に大きな音が響き、敵ローニンの腕の関節部を破壊してしまった。
『ウソだろ!?』
さすがに相手のパイロットも想定外だったらしく、そんな声を漏らす。俺も静かに「マジか……」と呟いてしまった。
「か…かっこいい!さすがエドせんぱいです!」
リーリヤが敵のスコーチに渾身の殴りを入れたあとこちらにサムズアップを向ける。
今、敵のローニンもスコーチもお互いに怯んでいる状態。
「任せといて欲しい!」
この構図全体が見渡せるようにアリスが後退する。
「さぁエド巻き込まれないように注意して!くらえ〜!サルヴォコア!」
トーンのミサイルポッドが開き、敵に向けて真っ直ぐ飛んでいく。
「味方が敵弱らせといてくれると誘導性が〜とか照準が〜とか気にせず真正面から撃てるから楽だね!」
敵は避けようとしても重大なダメージを負っており、素早く後退が出来ないままミサイルに飲まれていく。一方敵スコーチの所持していたガス缶にミサイルが直撃し、一瞬眩しい光に包まれる。
「あ、やばごめん!」
アリスが謝ると同時に壁を張る。直後大爆発を起こし、タイタン程の重量があれどバランスを崩しそうな爆風が襲う。そんな中、一瞬見えた人の影を確かに掴んだ。

「ごめん〜!暴れすぎちゃった。大丈夫?」
一帯建物という建物が吹き飛ばされ、一瞬で廃墟と化していた。
「も〜アリスせんぱい暴れすぎですよぉ」
「まぁ楽しそうでなにより。先に逃げといてよかったよ」
リーリヤがガンシールドを盾にしてようやく煤まみれで済んだという感じだ。当の敵のスコーチは燃え上がり、きっと中のヤツもタダでは済んでいないだろう。わざわざ確認するまでもなく、蒸し焼きかな……。
「ん……」
俺の手の中の人影が声を漏らす。
「テディ、咄嗟に掴んでくれたのか。Grazie……」
俺が爆風の中手を伸ばして掴んだのはあの大爆発を生身で受けたエドだった。手を伸ばしたせいで俺はノーススターごと転んでしまったが、エドも立ち上がれるようで大きな怪我はしてないらしい。
「ごめんね〜!エドも巻き込んじゃって……」
アリスが降機し、カシャンカシャンと機械の足を鳴らしながらエドに駆け寄る。
「大丈夫だ。敵を倒すためなら俺1人くらい犠牲にしてくれて構わない。今日はテディが掴んでくれたから怪我もしないで済んだが。テディは大丈夫か?」
いまだ転んだままの俺のノーススターのカメラアイを覗き込む。
「……ポラリスの顔みてもわかんねえだろ。大丈夫だっての」
エドの顔面に当てる気でハッチを開けるが、すっと後ろに下がられてしまう。舌打ちしながら降機すると、オート操縦になったノーススターは体を起こす。
「とりあえず相手に撤退を余儀なくしたって事でいいのかな。多分この状況で引かない相手はいないでしょ」
「ですです。これだけ戦力差が生まれたのに撤退しなかったらそれはもう命知らず超えて自殺志願者ですね」
アシェルとリーリヤもそれぞれの機体を降りて集まる。すると、2人の背後からハッチの開く音と何かが落ちる音がした。後ろを振り返ると、爆風に巻き込まれたもタイタンの外装に守られ何とか生きていた敵のローニンパイロットだった。
「生きてたんだ。しぶといね」
アリスが何か言っても相手は聞こえてない素振りで生きるために酸素を取り込むので精一杯なのか、或いはヘルメットが壊れて聞こえないのか。どちらにせよ相手の敵意は既にこちらには向いていなかった。
「このまま見送る意味もないでしょ。テディ散々ローニン怖いって言わされてんだから、殺してあげたら?」
アリスが俺のウィングマンを指さす。確かに、ここで殺すことにメリットは無いが、殺さないことにもメリットはない。
俺は彼の元へ歩き、銃を構える。胸に照準を向けると、彼の損傷したパイロットスーツの間からひび割れたロケットが覗く。衝撃で開閉部がバカになってしまったそのロケットの中には10歳にも満たない少女の笑顔の写真があった。
(家族持ち……)
ふとサクラのことを思い出す。戦争で理不尽に妹も親も失った。俺がこいつを殺せば俺はこいつの娘の仇になる。自分の安否の分からない父親も知らない奴にもし殺されてたら?こんな不毛な復習の連鎖を続けてもいいのだろうか。
急に銃が重くなったように俺の腕はどんどん下がっていく。するとその肩に手を置かれ、優しい声で囁かれる。
「意気地無し」
振り返ると、ヘルメットを外したサクラが微笑んで、俺の銃を持つ左腕を右手で掴み、その引き金を引いた。
「さ、サクラ……!?」
弾丸は確実に男の胸を貫き、すぐに動かなくなってしまった。
「あーあ、わどくんがそんなに勇気のない人だと思ってなかったなぁ」
銃の反動が響いたのか、サクラは肩を押え俯いた。
「だって……お前みたいに家族を失うやつが居るのかと思うと……」
そこまで言うとサクラに顎を掴まれた。片手で顎を挟まれており、上手く喋れない。
「今日自分が死ぬかもしれない戦場で、そんなこと言ってられないの。どうせわどくんがひとつの家族を救ったところでその家族を喰らう存在はまだ山ほどいる。私たちは頂点に居なきゃいつかは誰かに食べられるの。常に誰かの捕食者でいなきゃいけないの。わどくんなら考えなくてもわかるでしょ。"エイペックスプレデターズ"の意味」
足元に広がる血溜まりに足をつける。
「油断したらこっちが食べられちゃうんだから、しっかりして」
サクラは長い髪を翻して皆の元へ戻っていく。
サクラが波紋を残した足元の血溜まりに写った自分をみて強く心に決めた。
今はこの居場所を何を犠牲にしても守っていこうと。

To be Continued ▹▸

捕食者: テキスト
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