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Prologue

第二陣

視界がぼやける。
まるで水の中にいるように不明瞭な聴覚の中、誰かの叫び声が聞こえる。
耳が正しく音を拾えるようになってきた。
あぁ、この声はよく知ってる。

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「おい…おい!聞いてるのかエドワード!」
後頭部に鈍い痛みが走る。何事かと振り返ろうとすると、後ろで結った髪を引っ張られたのだと気付く。
「あ?なんだよリンダ。急に髪引っ張んなよ」
「なんだよじゃない。お前な、人の話はちゃんと聞いておけよ。前回の反省だ」
俺の先輩パイロットであるリンダはやっと握っていた俺の髪を離す。俺が後頭部を摩っている間もリンダは話を続ける。
「いいか?パイロットは一人で戦うものじゃない。私たちはチームだ。反省は自分のためじゃない。これから仲間にどう動いて貰うか、自分が仲間のためにどう動くかを考えるんだ」
「わーったよ…髪引っ張る事は無いだろ……」
視線を前に戻す。真正面に座っているアリスと目(?)が合って手を振られる。
アリスは今年からパイロットとして就任した俺たちよりずっと前からパイロットだった。しかし、ある作戦でとてつもない大きな損害を負ったらしく…今は機械の体だ。何とかいう技術でシミュ何とかがどうらしく、俺たち以外にも周りにちらほらそういうパイロットは見かけるが、アリスのような小さな機体をしているのはそうそう見ない。声も幼く、まるで女児のようだが今回そのブランクにより俺たちと同じく訓練に参加していた…さりげなくうちの訓練チームの中では一番実力がある。…まあ、ブランクはあれど元々パイロットなんだし…。
そのアリスの横に背筋を伸ばし微動だにしない美少女はサクラ。地球の日本の血のみで構成された家系の純日本人とやらだ。長い髪が特徴的なのだが、俺にとっては毎回ヘルメットに詰めるのが面倒くさそうだなあと思って見ている。
俺は大の女好きだし、こうしてチームに女性が沢山いるのは嬉しいことなんだが…
「……でもリンダ?その…反省というのはまずどこから振り返ればいいの?初陣ということもあって色々なことがありすぎて……わどくんが失禁したこと?」
「テディはパイロットの素質はあると思うけど、みんながテディのお父さんパイロットに頭上がらなくて最初っから決まってたようなもんだもんねー!でもテディのお父さんの面子潰したらあたし達の居場所が危ないよー!」
こいつらだけは苦手だ。ていうかその話題で面子丸潰れなんだが?…話していて楽しいが、あまりにもずけずけと物を言い過ぎる。もう…特に小便を漏らしたことについては触れないで欲しい。
話題の標的にされた俺が何となく視線のやり場に困っていると、
「…はい、リンダ」
ずっと黙っていた、後頭部を刈り上げにしたイケメン風の男が手を挙げて発言権を主張する。
「前回の作戦については、俺の見ていたところさくらはクローク戦術の効果時間をもう少し勉強する必要があると思う。詰めも、引きも途中で効果が切れたり逆に効果時間が長いからと言って詰めすぎている場面もあったと思う。しかし、照準の制度に関してはチーム内でピカイチだとおもう。アリスは俺たちがパイロットになる前から経験があるからか、単独行動が目立つ。そのウォールラン技術とフェーズシフトの使い所は俺たちが見習うべきではあると思うが、相手が2人であった時は戦術のクールダウンが終わっていなかった場合最悪囲まれてしまう。しかし、リンダの指令の飲み込みが早いお陰で俺たちが動きやすいように追加で指示を出してくれる。これは元々パイロットの経験があるからだろう。非常に助かった」
この男はエドアルド。イタリア人だから発音は違うが俺と同じ名前の綴りをする…混同しないように通称はエドだ。俺より2つ年上で…よく出来るやつだ。特にそれで気取ったりしているわけではないはずなのだが、性格故かあまり表情にも行動にも感情が出にくく、掴みどころがない。
そしてエドの話は、想像していた通り俺の話題に移る。
「エドワード。お前はそもそも自分が戦場に駆り出されるという自覚が無さすぎる。今回は失禁については触れないが…ちょっと父親の名に頼りすぎなんじゃないか?パイロットになる事が偉いことじゃない。それだったら民間企業で求められるパイロットになればいい。違うか?」
好き勝手に言われ、思わず俺は立ち上がり言い返してしまう。
「はあ?お前だって、聞けば大企業のCEOの息子だって言うじゃんか。お前こそ、周りに対してふんぞり返ってるんじゃないか?そもそもお前みたいな金持ちがエイペックスプレデターズに来んのがわかんねえ。お前の企業だってIMCほどでかくないだろうが雇ってるパイロットは少なからずいるだろ。それとも、友達が居なくて俺やサクラやアリスが居ないと寂しくて泣いちゃうのか?」
視界の隅でリンダが少し腰を浮かせたのを見たが、エドは動じずに、先程と同じトーンで話す。
「…お前を戦場に放り込むのが不安だったからだ。お互い共に高めあってきた仲間の訃報は、まだ聞きたくないからな。それにさっき話したことは改善点だ。お前が出撃前に皆を励ましてくれるお陰で無駄な緊張はしないで済んでいる。これは訓練時代から俺が自覚してるお前のいい所だ。誇っていい」
悪気もなく、単純に心配されているのは分かっているのだがいちいちこいつの言い方は癇に障る。2人きりだったら掴みかかってやるところだったが……、ヘルメット越しにリンダの鋭い視線を感じたので俺は舌打ちで返して再び椅子に腰を下ろした。
その後、エドは自分の反省点を話し、その後の話し合いはリンダがまとめ仕切る形で進んでいた。
数十分に及ぶ長い話にそろそろ眠くなってきたな…と感じているとコン、と目の前に缶コーヒーが置かれる。
「よう。リンダの話は長いだろ。リンダ、お前の反省点はその話の長さだぞー。テディとか特に眠そうな顔してるから、チームメイトに合わせて簡潔に話を纏めてやれ」
見上げると俺たちのチームのうちの最後の一人、アシェルがみんなの前に同じように缶コーヒーを並べていた。
「アリスは何がいいよ。リンダの話長引きそうだしまだ買ってくる時間はあるよ。」
「ん、アリスは大丈夫なの〜。カフェインは摂りすぎるとシンデレラタイムに眠れなくなっちゃう!」
「うん…?お前その体でシンデレラタイムっていう概念があるのか……」
不思議な会話を終えたところで黙っていたリンダが口を開く。
「そう言うアシェルは自分の指導を反省しろ。お前テディとは仲良さそうだけどさ」
「そんなことないよ?な?みんな俺のご指導最高にスリル満点で楽しかったよね?」
テーブルに手をついてアシェルが問うと皆控えめに頷くのだった。
「ふぅん…まあ評判はそこそこみたいだな。私はお前みたいな態度好きじゃないけどな」
「俺はそのリンダのキツそうなとこ、頭がふわふわしてる女よりは好きだよ……。てことでまあまあ、お堅い反省会は終わりにしてあとはゆっくり話そう。そっちの方が言い難いことも言えるだろ」
アシェルが解散!と言わんばかりに手を叩く。リンダもそれ以上反論することはなく席を離れる。
「…なあお前らリンダ結構厳しいと思うけど、大変じゃない?まあ、元々人の入れ替わりが激しい仕事だけどさ。別に今すぐ変えてくれって言ったら別に叶わない話じゃないんだよ?」
アシェルが今までリンダが座っていた席に座る。
「特にさ、テディ…あいつすげえストレートに言うから大変でしょ?まったく、いつ死ぬか分からないような仕事なんだし。もう少し楽しんでもいいよな?」
俺は缶コーヒーを開けようとした手を止める。
「でもさ、リンダ先輩って、アシェル先輩の同期なんでしょ。先輩たちの同期はみんな訓練中に…事故か、精神を病んで亡くなったんでしょ。そんな先輩たちを引き離す訳には……」
そこまで話したところで隣に座っていたアリスが俺の方をつんつんとつつく。
「違うよ!テディ。アシェルセンパイはリンダセンパイのことが好きなんだよぉ!」
アリスが言い切ると同時にアシェルが飲んでいたコーヒーを吹き出す。その反応を見てさくらはすかさず「あ〜やっぱりそうだったんだあ。うんうん…納得」と発言。
「おいおいおいリンダの話で退屈そうにしてたお前らのこと助けてやったのに何でだよ!違うし!」
アシェルは吹き出したコーヒーを拭うことなく必死に弁解。まあ、俺もそんなとこだろうと思ってたし、恋愛したことなさそうなエドですら小刻みにうんうん、と頷いている。
「あーれー?ちょっとセンパイ、隠せてるつもりだったんですかあ?無理がありますよ!だってセンパイめっちゃリンダセンパイのこと見てるんですもーん!」
アリスが機械音声でころころ笑う。サクラも声を出して笑うようなタイプではないが口元を抑えて笑いを我慢している。
「ホントに違うって!この話は終わり!お前ら明日もヒマじゃないんだからな!夜中に呼び出されることもあるし、早く寝られるうちに寝ろ!」
アシェルはスカーフの裾で吹き出したコーヒーを拭うと(汚い)早足で去ってしまった。にも関わらずアリスとサクラはいまだ笑いを止められずにいる。
俺たちはしばらく他人の恋バナで盛り上がったあと、夕日が完全に落ちたのを確認して解散する。
明日もIMCからかなりの人数を割いての防衛作戦だ。もちろん、明日がまだ第2陣目である俺たちにも仕事はある。今はまだミリシアとは睨み合い状態で歩兵達がお互いの陣営を監視し合っている。しかしいつ呼び出されるかは分からないので、俺も早めに寝ておこうと作戦のためにIMCに間借りした艇の寝室に向かう。
すると既に同室であるエドがほぼ寝る直前まで準備を済ませているところだった。その横を通り抜けて同じく寝る準備をしようとすると、エドは振り向きもしないまま口を開いた。
「昼間は悪かったな。お前はプライドが高いのがいい所なのに、無神経に話しすぎた」
どうせ面白い話はしないだろうとスルーしようと思っていたが、謝られるとは思わず足を止める。
「俺もお前のそういう所に助けられてるんだ。どうか悪く思わないでくれ。俺はお前の言う通り友人は少ない。だからこうして好きに同室になったわけじゃないがお前とこう…話せて嬉しい。友人ができたみたいだ。だから今日アシェルにいつ死ぬか分からない仕事と再認識させられて少し寂しくなった」
顔は見ていないが、その声色から伝わる感情に嘘は感じられなかった。しかし俺もどんな顔で振り向けばいいか分からず、エドに背を向けたまま返事をする。
「……お前ちょっと周りを気にしすぎなんだよ。お前にちょっと言われたくらいで俺も、サクラもアリスも分かってるからそんなに気にすることじゃない。まあ、直してくれといったらオブラートに包むくらいはしてくれってとこだな。……俺も、昼間は悪かった。」
全て言い切ると少し心が楽になった気がして振り向く。するとエドもこちらを振り返っており、青く澄んだ瞳と目が合った。
「……驚いた。お前、ただのヘーゼル色の目かと思ったら右目に青が入ってたのか」
身長差があるからかよく見せろと言わんばかりに顎を掴み上げられる。
「は、ちょ、お前やめろ近い近い!お前ってホント世間知らずだよなあ!?そんなんアリスならまだしもサクラにやったら殺されるぞ」
ほら退けた退けたと手を払う。
「…生まれた時から青いわけじゃない。ちょっと前に親父のジャンプキット盗んで遊んでたら怪我したんだ。それからだ」
エドは払われた手の行方が決められず微妙に浮かせたまま「そうだったのか」と返事をした。
こいつ、人に興味って持ってたんだな。それに距離感もなんか絶妙におかしいし…何事も完璧な奴かと思っていたが意外とそういう所もあるんだな、と思った。エドは部屋が明るいのは特に気にならないようで、既にベッドの中に入ってしまった。
「…消すぞ、おやすみ」
と話しかけるとやまびこのようにおやすみ、と返ってきた。

𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄

「あ〜〜〜〜ん、眠いよぉ……」
その機械の体からどうしたら眠いという感覚が生まれるのかは分からないが、アリスは関節部をミシ…と鳴らしながら伸びをした。しかし、眠いのはアリスだけではない。みんな早朝に叩き起され、さっさと出撃の準備をすることになったのだ。
「眠いのは分かるが俺もみんな眠いからしゃーなしだな…。こんなの、よくある事だ」
アシェルが屈伸をしながら言う。既にリンダは準備が出来ているらしい。そういえばアシェル以外は誰もリンダの素顔を見たことがない。意識が高いと言うより、見ていると単純に既にヘルメットに慣れてしまって鬱陶しいとは感じないようだ。もしかしたら俺より髪が短いのかもしれない。
「さて、そろそろ話してもいいか?さくらは髪が長くて大変だと思うが、聞きながら頑張ってくれ。今回は市街戦だ。……気をつけろよ、どこに敵が待ち構えてるか分からないからな」

窓に手をつきながらアリスがドロップシップからの景色を眺めている。…その横で俺はサクラとエドに囲まれて死にそうになってるんだが。
「わどくんって〜、ある程度の高さなら大丈夫なのにこの高さはダメなのね」
絶ッッッ対無理!!と返したつもりが蚊の鳴くような声しか出ていなかったらしい。頭をぽんぽんと撫でられる。…サクラの方が年下なのに。
「そういえばなんか昨日わどくんとるどくん険悪だったのに、普通に話してるよね?仲直り出来たの?」
サクラの問いに対してエドが「そんなところだ」と答えようとしたところアリスが勢いよく振り向く。…そういえばこの女性陣2人、腐女子なんだった……俺も別にそういうのに抵抗があるわけじゃないけど、俺に期待はしないでくれ…………。そもそも坊ちゃんのエドはこういう2人の趣味に関しては気付いてないようだった。
「おい、そろそろ降下地点に近付くぞ。敵も近い。アリスもそろそろどこかに掴まっておけ」
凛としたリンダの声がドロップシップ内に響く。アリスもそそくさと手すりを掴んだ。皆表情は見えなくとも、手すりを握る手に力が篭っているところを見るとやはり緊張しているようだ。自然と自分の左手にも力が篭る。
手すりを掴んで立ち上がったアシェルが皆に激励の声をかける。
「よーし、みんな大丈夫だ。今日頑張ったら焼肉に連れてってやる!ほらテディもうすぐ降下地点だぞ。アリス、こいつの手握ったげて…」
「はいはーい!テディそれでちゃんとイジェクトできる?大丈夫なの?ま、でもテディって割とガチになってる時ってそう言うの気にならないんでしょ?前も結構怪我してるのあとから気づいたんでしょ?テディ興奮剤ではやく治るって言ってたけど生身にはあんまり良くな…」
「アリス、お喋りはそこまでだ。行くぞ。みんな、ジャンプキットは問題ないな?」
再びリンダが遮る。開いたドロップシップの奥から差す光がリンダに逆光を作る。影の中にリンダのヘルメットの光が点る。
「──みんな、行くぞ!」

𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄

立体的な構造をするこの市街はあらゆる方向で銃声が飛び交う。一瞬足元でドタドタと足音が聞こえる。次に階段をのぼるような足音が聞こえたが……誰も居ない。結局手を繋いでもらって降下したため、ずっと共に行動をしていたアリスが声を上げる。
「…いま一瞬通ったのクロークだ、この反応、さっちゃんじゃない!」
俺たちは咄嗟に銃を構える。するとアリスが何も無い空虚を撃ち抜いたかと思えば……突然胸から血を流し倒れる男が現れる。
「ほーらね!やっぱり。さっちゃん都合が悪いとすぐクロークで隠れるんだから。だから透けてても見つけるの得意なんだよねぇ!」
アリスが得意げに胸を反らす。そんなアリスの後ろに──窓から突然乱入しようとする敵が見えた。
「アリス、後ろ!」
咄嗟のことで銃を構えるより先に構えたパルスブレードを敵目掛けて投擲する。俺の投げたパルスブレードは敵の喉元を貫き、そのまま敵を地面に叩き付けた。
「…すごいじゃん!コントロール完璧!ありがとう助かったよ!」
素直にアリスに褒められて嬉しくなる。
『すまん、さっきそっちに敵を逃した。無事か?』
ヘルメット無線にエドの声が届く。
「大丈夫!テディがやっつけてくれたんだ!エドは平気?無線の奥から銃声が聞こえるけど……」
『俺は離れにいる。大丈夫だ。入口を固められてるが、こうする』
エドが話終わると同時に轟音が響き、地面が揺れる。
タイタンフォールだ。
『入口の奴らは潰した。……すぐそっちの援護に行く。ところでさくらは……うわ!?』
『ずっとるどくんの後ろに居たよ?クロークしてたけどね。私もタイタン降下させるから、一緒に迎えに行くね』
先にさくらの無線が切れ、しばらくの沈黙の後エドも無線を切る。どうやら向こうがこちらに合流するようなので、俺とアリスはあまり動かないことにした。

その後無事に合流を果たし、アシェルとリンダのサポートもあってか何度か激しいタイタン戦を挟み順調に、確実に敵を追い詰めていた。
「もう少しだみんな。テディ、お前のノーススターはさっきのダメージを修復中だ。お前は私の機体の上に乗れ、この程度の高さなら大丈夫なんだろ。他のみんなはタイタンを降下させて一気に畳みかけよう」
リンダが自身のモナークのハッチから身を乗り出し、スムーズに司令を与えていく。俺は指示通りリンダのモナークの機体に張り付く。リンダが合図を送る。こちらのタイタン数が有利だ。圧倒的な勝利を収める、こちらの士気は最高潮に達していた。
タイタンに乗った皆は視点移動や撃ち方など全体的に機動力に劣る。俺がリンダのモナークの上からパルスブレードで敵の位置を捕捉、全員に共有する。
完璧にことが進むはずだった。
『テディ、私は敵のドロップシップの撃墜に加わる。ドロップシップの周りは敵が集まるからお前がこのまま着いてくるのは無理だろう。下に降りて逃げ遅れた敵のパイロットが通るか監視してくれないか。始末できるならしてくれて構わないし、難しいようならタイタンに搭乗している仲間を呼べ。今は…アリスとさくらだな』
そう言ってリンダのモナークは降りやすいように背中に手を回した。…女としての魅力はゼロなのに(顔は見た事ないが)こういう指示をすぐに飛ばせるところは先輩としてやはり尊敬する。
『出来れば人数有利を取れた方がいい。可能ならエドと合流した方が確実に仕留められるだろう。頑張れよ、テディ』
リンダはそう言い残し上空数十メートルに浮かぶ敵ドロップシップの方へモナークを走らせて行ってしまった。せっかく背中を押してもらったが、俺はエドと合流することに少しモヤモヤを感じていた。エドが居れば確実に仕留められる?そりゃあ、エドの方が技術は上なんだろうが、今日の自分は少し調子がいい。昨日の反省回で言われっぱなしになってしまったことを思い出し、無意識に拳を握り締めてしまう。
エドなんか居なくても、俺だってできる。エドとアシェルと俺以外はタイタンに搭乗しているはずだ。アシェルは先程から何人もの敵を葬っている。手出しをする方がかえって邪魔になってしまうだろう。戦術グラップルのアシェルに対し、若干動きが遅く
定点を取っている信号がきっとエドだ。俺はその信号とは全く反対方向へ向かう。それは先程リンダも向かった激戦区の近くだ。きっと逃げ遅れた敵パイロットがドロップシップへ乗り込む機会を伺っているに違いない。俺は一際大きい建物の屋上から離れの小さい建物の密集地に向けてパルスブレードを投げ放つ。すると、発信された円形のソナーの一部が乱れ、人型に2つ浮かび上がる。──居た、あそこだ。2人いる。俺は敢えて逆方向から忍び寄り、銃口を向ける。案の定敵はパルスブレードの刺さった方向を警戒しており、こちらを見てはいない。発砲、敵が驚いてこちらを振り向いた時にはもう遅い。俺の銃が放った青白く光るエネルギー弾は命中し、彼らに発砲の隙を与えず素早く敵2人の心臓を止めた。
それとほぼ同時に、リンダからドロップシップを撃墜、甚大な損傷を負った自身のタイタンから降機した旨の無線が入る。俺はさっさと合流して今の戦績をいち早く仲間に自慢したくなった。
そして建物の影を飛び出した時、視界が白くなる。その後気付いた。これは眩しいせいで視界が白くなったのだと。目が慣れず周囲の安全も分からないまま、耳だけにキィンという音が突き刺さる。
まずい、俺が敵を2人倒したところを見られていた。その後物陰から飛び出すことも読まれていた。ようやく目が慣れる。目の前には急所に銃弾を当てられれば壊れそうなほどボロボロになった敵タイタン。イチかバチかを狙う核自爆攻撃、ニュークリアイジェクトだ。
これに巻き込まれればタダでは済まない。しかし死を覚悟する暇さえ与えられない。ただ、その光景を見ることしか出来なかった。
はずが、何かに突き飛ばされ飛び出そうとしていた俺の体は不自然な方向へ飛ぶ。予想外の衝撃に受身を取る暇なく、ゴロゴロと何メートルも転がされ、別の建物の物陰にあったドラム缶の山にストライクしてようやく静止する。
次の瞬間衝撃、地面が揺れた。転がってストライクしたせいで逆さまになった視界を一瞬の閃光のあと瓦礫が飛ぶ。その後直ぐに聞こえた銃声の方向を見ると屋上でエドがダブルテイクの引き金を引いているところが見えた。緊急脱出した敵はエドが仕留めたらしい。……体ごと塵にされるかと思ったが、何とか生きている。安堵を感じたと共に俺の意識はゆっくりと落ちていった。

𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄

視界がぼやける。
まるで水の中にいるように不明瞭な聴覚の中、誰かの叫び声が聞こえる。

「…!……テ…………テディ!」

耳が正しく音を拾えるようになってきた。

「テディ、無事か。一部始終を見ていたが、意識は少し戻ってきたみたいだな」
エドだ。目を合わせた時の頭部の動きで意識を確認したらしい。
「悪いが我慢してくれ。今はこれしか方法がない。一瞬だけ熱いぞ」
左腕に一瞬何かが触れる感覚がある。焦げ臭い匂いがする。痛覚がはっきりしていないおかげでエドの言う熱いという感覚はほとんどなかったが、焼いて傷口を塞いでいるのだろう。直接爆発に巻き込まれるのは防いだものの、どこか出血しているのかもしれない。いまだだるい体ではそれを確認するために顔を動かす気力すらない。
独特な鉄靴のような足音が近づいてくる。アリスだろう。それにもうひとつ足音、サクラもいる。だがしかし、アシェルの足音とリンダの足音は聞こえない。きっと上部への報告で負傷者に全員時間は割けないのだろう。
「今お前のノーススターを呼んでやる。乗せてもらって帰れ。俺は先にドロップシップで帰還するが帰り道は安全だ。念の為さくらとアリスが護衛する。…………タイタンフォール、スタンバイ」
感覚はほぼないものの、エドに左肩を優しく撫でられ、再び眠気に襲われる。こいつに介抱される苛立ちすらも感じないまま、俺は再び意識を手放す。

次に再び目を覚ましたのは自室のベッドだった。窓の外は若干空が白んでいる。もう昨日の出撃から丸1日経とうとしているらしい。同室であるエドは既に起きているのかベッドの中には誰もおらず、ただ綺麗に布団が隅に寄せて畳まれている。
俺はとりあえず起きようと左腕の肘を支えに上体を起こそうとした。何故か肘はつくが固くて感触のあるはずのマットレスなのに起き上がることが出来ない。不思議に思って左腕を見ると、
肘より少し下、前腕の中途半端な部分より先が無かった。
自分でも驚きの悲鳴が上がるかと思いきや、逆に驚きすぎて餌に群がる鯉のように言葉が出ないまま口を動かすことしか出来なかった。
ちょうどその時ドアが開き、2人分のカップからコーヒーの香りを漂わせてエドが帰ってきた。
「だいたい医者にそろそろ起きる頃だと聞いてコーヒーをいれてきたんだ。顔を見た感じそれどころじゃ無さそうだが」
カップの1つをこちらのサイドテーブルに置く。もう1つは自分のサイドテーブルに置くとエドは自分のベッドに腰掛けて再び話し始めた。
「爆発に巻き込まれたのは覚えてるな?…もうあの時点でお前の左腕は吹き飛んでた。その時に出血があったから戦場で医者を待っていられないし俺があの場で焼灼止血した。そしてお前を庇ったリンダは」
待て、と俺は口を挟む。
「リンダ…?リンダが庇ったって何だ」
「は?お前覚えてないのか、お前リンダはお前のことを物陰に突き飛ばして守ったが…、リンダ自身が敵タイタンの爆発に巻き込まれて…………すまん。見てたからあまり言葉にしたくない。でも間に合う間に合わないの問題じゃなかった」
「何……あの時俺の事を助けたのはリンダで、それでリンダは死んだ…ってこと?いや嘘だよな?生きてるよな?」
冗談でも良くないことを言ったと思い、訂正して訊き直す。しかしエドは首を横に振る。
「……死んだってこと…?」
今度は一度だけ、首を縦に振る。
「そんな、リンダが俺を庇うなんて」
「それだけ後輩として可愛がられてたって事だろ。俺も大概だがお前の戦術もそんなに大勢見ないほどには珍しいだろ。実際パルスブレード使いはチームに複数人要るようなものじゃないが、リンダは可愛い後輩ができたって喜んでたらしいぞ。俺は知らないからアシェルから聞いた話だが」
可愛い後輩?耳を疑う話だ。あれだけキツい嫌だと言ってもハードルを一時的に下げるでもなく高難易度の訓練ばかり押し付けてきたあのリンダが。
その俺の怪訝そうな表情を読んだのか、エドは続きに答えを述べる。
「誰よりも強くなって欲しかったそうだ。あまり需要のない戦術だからこそ、もし別の奴と部隊を組むことになったときお前がそいつらに悪く言われたりしないように。アシェルから見たら本当にやり過ぎだろってくらいお前のこと贔屓してたらしい。…あぁ、そもそも今回のことはお前のせいじゃないから気にするなよ。お前がギリギリ方向転換すれば間に合ったし、お前が結果的に腕を失うならリンダがグレネードの爆風でお前を吹き飛ばして守っても良かったんだ。リンダも相当焦ってて判断ミスしたんだってアシェルも言ってたから本当に、気にするなよ。キツいこと言うがいちいち自分のせいでって気にしてたらこういう仕事は勤まらない。むしろ余計なお世話だって気持ちになれ…とアシェルが。先輩の受け売りばっかだな」
エドが苦笑する。整った顔にこの笑顔、女が騒ぐわけだ。しかしすぐにいつもの表情に戻ってエドはさらに付け足す。
「お前のせいだとは言ってないがしばらくアシェルのことは放っておいてやってくれ。話しかけても何か考えてるようでそもそも気付かないがな」
確かにエドの言う通り俺のせいでリンダが死んだとは思えない。というか、実感が湧かないのだ。リンダが、死んだ?褒めて伸ばすのほの字も知らなそうなあのリンダが、俺を庇うなんて。
ただ何も言うことが出来ず呆然とエドと見つめ合うだけになった。エドは気まずくなったのか顔を逸らしてしばらく考えるような動作をとったのち
「後で談話室に来られないか。さくらとアリスもお前の顔を見たら元気が出るだろう。まだ歩けないのなら無理はするな」
と言った。エドは自身ののコーヒーカップに手を伸ばし、一気に飲み干す。最初のひと口を飲んだところで一瞬ぴくりと肩が震える。顔には出さないが、この空気に気まずくなってまだ熱いコーヒーを早く飲みきって出ていきたかったのだろう。
俺も一言「まだ頭ぼんやりするから」と適当な嘘をついて逃げるように布団の中に潜り込む。数秒後扉が開いて閉じる音がし、布団から顔を出して確認するとエドは退室していた。
それまで実感の湧かなかったリンダの死が、静かな部屋で1人きりになったことによって押し寄せてくる。誰かが俺のせいではないと言っても、あの場に俺が居なければリンダは俺を庇わずに済んだ。俺がリンダの命令を素直に聞かなかったからだ。
考えれば考えるほど目頭が熱くなり、頬を熱い涙が伝う感触があったが、拭おうと思って動かしたその腕の先に俺の左手は無いのだった。

「泣いた?…よね?」
談話室で駄弁っていたサクラとアリスの元へ訪れると初めに話しかけられた言葉がそれだった。
「テディってば、気にするなって言われたのにそんなに目が腫れるまで泣いちゃったの?テディって結構図々しいと思ってたけど、結構気にしいなんだね」
アリスだけはいつもの調子で笑う。アリスは俺たち4人の中で唯一元々パイロットだ。今は機械の体だが、肉体を持っていた頃は同じような経験を実は何度もしてきているのかもしれない。それか、無い表情を読み取るのが難しいだけか。
「…言い返さないの?相当ダメージ受けてるね。気にしても無駄だよ。いなくなった人は戻ってこないんだから。」
「ちょっと…!」とサクラがアリスを止めようとするが、その前に俺はアリスの顔を見てひとつ思いついたことを口にする。
「アリスだって一度は致命傷を負ってるんだろ。なら…リンダもお前みたいなシミュラクラムで帰ってこられるんじゃないのか」
アリスは少し考える素振りをするが帰ってきた返事は残酷なものだった。
「無理だね。私はこうして記憶を受け継ぐも経験を受け継ぐも体はほとんど無事だったから。それに確か事前にデータをとっておかないとダメだったんじゃないかな…それが無いとさすがに技術力はピカイチのヴィンソン・ダイナミクスにもね…」
一瞬アリスと目が合った気がした。(目がないので合うものなのかは分からないが)
「そうだ!テディもその腕、ヴィンソンに繕って貰いなよ。アリスあっちに知り合い居るから。費用も…………宛があるからさ!」
機械の体なので可愛らしくもなんともないが、アリスは首をこてんと傾けて女子らしいポーズを取るのだった。

そして、俺は今朝ぶりにエドと顔を合わせることになる。
「エド〜!お願いだから、テディの義手の費用、一旦出してあげてくんな〜い?後で返させるから!」
アリスが上目遣い(?)で身を乗り出しエドに詰め寄る。若干エドの上半身は引き気味だ。
「別に構わないが……。あいつ、何か言いたそうな顔してるぞ」
エドがこちらを指さす。エドはたまに何でも見通してくるので怖くなる。実は全くその通りで、
「…俺、別のとこに借金があるからこれ以上金は借りられないんだ。……だから、もうパイロットは辞めて片腕で働ける職場を探すしか……」
「別にいい。そっちも俺が出しておくから、とりあえずあとは全部俺に返してくれればいい。利子も要らない」
言い切る前にエドはとんでもない提案をしやがり、俺は目を白黒させる。何?全部肩代わり?
「ところで…なんの借金をしてるんだ…俺が変わりに出すならそれくらいは教えてくれ」
唐突にこんなこと訊かれて一瞬断ろうかと思った。しかし、もう皆にならバレてもいいか、とも思っていた。俺はなるべく周りに聞こえないように声を絞り出す。
「…………………………浮気の、慰謝料……」
次はアリスとエドが目を白黒させる番だった。
「えっ……テディ、バツイチ……?」
なんとも言えない沈黙が訪れる。言わなければ良かった。
しかし一度は驚いたものの、エドは既にいつもの表情に戻っている。
「だいたい相場くらいなら出せるな。相手が既婚者だった場合の倍でも出せる。まあ……今までもお前が返済から逃げていないのだから、どうしても自分で払っていきたいという意思が無いのであれば俺が肩代わりしよう。…その代わり俺の為に働くのが嫌じゃないのか?」
申し訳ないという気持ちはあるが、
「…………返す。絶対に返すから、一度貸して欲しい。俺はお前ともサクラとアリスともまだ一緒にパイロットとして働きたい。頼む」
俺はまだ皆とパイロットとして仕事をしたかった。頭を下げようとしたところ、その頭を途中でエドの右手に受け止められる。
「頭を下げるな。…仲間のために尽くすのは戦友として当たり前の事だ。その代わり解雇にならないようにしっかり朝の筋トレも一緒にやらないと俺に置いていかれるからな。金にならないとブリスクにも見限られるぞ」
そのまま受け止められた頭を今度はわしゃわしゃと撫でられた。……その後ろでアリスが騒いだのは言わんでもない。…本当に腐女子って時に面倒臭い。

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数日後、早くできるようにとエドがボランティアでさらに金を積んでくれて俺の体が鈍る前に義手ができた。さすがヴィンソン・ダイナミクスと言わざるを得ない使い心地で、以前と同じように左腕が使える。まだ動きに慣れないので零しがちなスープは初めエドが食べさせてくれたが、あまりにもサクラとアリスが騒ぐのでスープはしばらくお預け…ということにしている。
ある日いつも通り談話室で丸テーブルを皆で囲んで話していると、余っていた1つの椅子に腰をかけた人物がいた。
「よう。テディ、元気になったみたいだね。良かった」
一瞬空気が凍りつく。なんと言ってもあの日から俺とアシェルが顔を合わせるのは今が初めてだからだ。
「そんな怖い顔するなって……食ったりしないから。なあ聞いてくれよ。俺昨日突拍子もないこと言われてびっくりして吹き出しただけなんだけど。なんかリンダのこと好きだと皆に思われてるみたいだけどさ、まあ確かに、かわいいけど俺がIMCに正規で在籍してた頃友達がリンダのこと好きでさ、それで色々揉めてIMCからも半ば追い出されて、多分リンダもそいつの事が好きだったんだよな〜って…思うんだけど……」
……そんなわけあるか。アシェルは恋愛に疎すぎる。実はIMC時代の頃の2人の話はリンダから聞いていた。…アシェルに心惹かれて追い出されたアシェルについてきたことも。……黙った俺を見てアシェルは納得したと勘違いしているのか若干悲しげな笑顔で続ける。
「まあリンダが死んで悲しくなかったわけじゃないからさ、俺パイロットもう辞めようと思ったんだけど。上がさ、俺が辞めたらクソ厳しい先輩をお前らの教育係にするとか言い出して。俺あの先輩の指導1回受けたことあるけど今よりパイロット辞めよーって思うくらい辛かったからさ、お前たちのこと可哀想になっちゃって、やっぱ俺お前らの先輩続けるわ!」
俺に振ってもいい反応が返ってこないと悟ったのか、次はエドに肩を組んで絡もうとするが「煙草でも吸ったか?臭い」と冷たく突き放されていたし、物理的にも引き剥がされた。その反動で俺の左肩にアシェルの右肩が当たる。そしてアシェルは一言、
「かっこいいな、その左手。似合ってるぜテディ」
そう言ったのだった。

第二陣: テキスト
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